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≪研究者共同声明 4≫ 農水省はただちに 中・長期開門調査を行うべきである 2004年7月5日 東 幹夫(長崎大学名誉教授) 宇野木早苗(元東海大学教授)経塚雄策(九州大学教授) 佐々木克之(元水産総合研究センター室長) 佐藤正典(鹿児島大学助教授) 堤 裕昭(熊本県立大学教授) 松川康夫(元水産総合研究センター室長) 宮入興一(愛知大学教授) 村上哲生(名古屋女子大学教授) はじめに 5月11日に農水大臣は中・長期開門調査の見送りを発表した。その理由として、第一に、開門によって高濁度水が発生しこれが諫早湾外に流出して予期し得ない漁業被害が発生する恐れがあること、第二に、開門までには調整池周辺の治水対策、護床工の補強工事、環境影響アセスなどのために6年もの長い期間を要すること、第三に、開門したからといって有明海漁場の回復が確実なわけではないから開門にこだわるより海底耕耘、覆砂、作澪、湧昇流施設の設置、流入負荷削減に取り組んだ方が得策なこと、をあげている。 一方、研究者のグループは、これまでに3度にわたって、中・長期開門調査を実施すべきであるという見解を発表し、農水省に対して誠意ある対応を要求してきた(東ほか、2003a;東ほか、2003b;東ほか、2004)。しかし、農水省はこれらの見解に対してまったく回答することなく、今回の農水大臣発表を迎えた。 ここで、私達は農水大臣発表の問題点を指摘し、中・長期開門調査の必要性を改めて強調したい。農水省は私たちの指摘に対してきちんと対応し、説明責任を果たしてもらいたい。また、この問題が議論されている環境省の有明海八代海総合調査評価委員会においても、私たちの問題点の整理が役立てられるよう望みたい。 諫早湾干拓事業が有明海の漁業被害の主たる原因である蓋然性は高い 有明海の地形変化の影響を強く受けるM2分潮の大浦(湾奥)と口之津(湾口)における振幅比は諫早湾干拓事業が開始された1988年頃から徐々に、そして堤防閉め切りの1997年には急激に減少した(図1(左))。実際の潮汐(M2+S2+K1+O1)の振幅もM2分潮の振幅と同様な減少経過をたどっている(図1(右))。この潮汐振幅減少のほぼ半分が潮受け堤防閉め切りの効果であり、残りの半分が湾外における全般的な潮汐振幅減少の効果と判断されている(宇野木、2002、2003;灘岡・花田、 2002)。
したがって、潮受け堤防閉め切りによる潮流の減少と密度成層の形成が赤潮の発生を促進し、ノリ養殖に被害を与えている蓋然性が高い。さらに、有明海の底質は1997年から2002年の5年間に中粒砂から細粒砂に変化した(中嶋ら、2003)。これは潮流が弱まった結果と考えられ、この底質の泥化がタイラギ稚貝などに悪影響を及ぼしている可能性がある。
ところが、諫早湾干拓事業に伴う潮受け堤防の閉め切りによって諫早湾の広大な干潟・浅海域生態系と有機懸濁物の分解機能が失われた。その結果、陸域から流入した栄養塩の多くは、調整池で大増殖している淡水性植物プランクトンに吸収され、有機懸濁物となって諫早湾に排出されるようになった。また、諫早湾は潮流が弱まり濁りが減少したため植物プランクトンの栄養塩取り込み能力も高まった。こうして、諫早湾の海水は有機懸濁物が多く、栄養塩が少なく、したがってノリ養殖には好ましくないものとなった(図4)。 この諫早湾の海水が風などの影響で諫早湾近傍の佐賀県南部、福岡県南部、熊本県北部のノリ養殖場に及び、ノリの色落ちの原因となる蓋然性は高い。また、この諫早湾の赤潮と貧酸素が有明海の赤潮と貧酸素の引き金となっていることも指摘されている(石坂、2001)。さらに、筑後川が多量の栄養塩を有明海奥部に供給しても近年の赤潮の多発がこの栄養塩を減少させていることも指摘されている(堤ら、2003)。 これらのことは、諫早湾の潮受け堤防を開門すれば、有明海奥部の漁場環境が回復する蓋然性が高いことを意味している。
有明海の環境には影響しないという農水省の主張には信憑性がない 農水省は自らのシミュレーション結果に基づいて、諫早湾干拓によって有明海の潮流、塩分成層、水質、赤潮、底質に有意な変化は生じない、と主張している(九州農政局、平成15年)。 しかし、この潮流シミュレーション結果を用いて鉛直混合のパラメーターがどれほど変化するかは検討していない。論理的には、諫早干拓事業開始から堤防閉め切り以降の有明海の潮汐振幅は3.2%減少したから(宇野木、2003)有明海の潮流もほぼ3. 2%減少し、鉛直混合のパラメーターは流速のマイナス3乗に比例する(塚本・柳、2002)から3.2%の3倍すなわちほぼ10%増加したはずである。10%の変化は有意な変化であり、そのほぼ半分を諫早干拓と堤防閉め切りが担ったことになる。また、水質シミュレーションは層分割の粗さに起因すると思われる現況再現性の悪さが目立ち(図5)、密度成層の発達やそれに伴う上層と下層の水質のコントラストつまり表層の赤潮や底層の貧酸素を表現できていない。 このような潮流に関する不充分な検討結果と鉛直解像度の低い水質モデルによるシミュレーション結果を論拠とした農水省の主張には科学的信憑性がない。
潮受け堤防開門による濁りが大きな漁業被害を与えるとは考えられない 農水省は、潮受け堤防を開門すれば大潮時の強い流れで浮泥が大量に巻き上がり高濁度水が生じて諫早湾外に流出し漁業に予期せぬ被害を与える可能性がある、としている。しかし、農水省が行った開門にともなう濁りの発生と拡散に関する数値シミュレーションの結果(九州農政局、平成16年)はそうなっていない。 浮泥の巻き上がりと濁りの発生源は排水門の護床工の外側で生ずる3〜4m/secの流れによる海底の侵食であるが、この侵食は北部排水門の調整池側と海側さらに南部排水門の調整池側では開門後ほぼ1〜2週間で、また最も遅い南部排水門の海側でも開門後ほぼ1ヶ月で終わってしまう(図6(左))。このため、諫早湾内の懸濁物(SS)濃度が最高になるのは開門後8日目で、その濃度は1000mg/l台だが、その後は次第に侵食によるSSの発生が少なくなり、開門後30日には諫早湾内のSS濃度は最高でも200mg/l台、諫早湾外では10mg/l以下(図6(中))、つまり有明海沿岸の通常の濃度に下がってしまう(図6(右))。
農水省の代替案で有明海の漁場環境は回復しない 農水省は開門調査の代替案として海底の耕耘、覆砂、作澪、湧昇流施設の設置、流入負荷削減を打ち出している。しかし、夏季に貧酸素水塊が発生するような環境悪化の根本原因を放置したままでこのような一時しのぎの対症療法的措置ばかりに大金を投じても、長期的に見れば、問題の解決を遅らせるだけで、税金の無駄遣いに終わる可能性が高い。三河湾や有明海などの経験によれば、海底耕耘と覆砂は、基質に問題がある一部のアサリ漁場では効果があがっているが、タイラギ漁場のような沖合の漁場で、しかも貧酸素水塊が発生するような場所では殆ど効果が認められていない。 また、有明海では作澪してもすぐに埋まってしまうし、作澪は沖合の貧酸素水塊を呼び込み青潮すなわち貧酸素水塊の湧昇の原因となる可能性もある。ましてや湧昇流施設の設置にいたっては、恐らく潜堤のようなコンクリート構造物をノリ養殖場の沖に張り巡らす大型土木事業となるので、新たな漁場環境破壊をもたらす恐れがあり、まともな提案とも思えない。流入負荷削減の効果も疑問である。そもそも、有明海の流入負荷は少なくとも過去20年間よこばいである(図7(上))。
おわりに 有明海の窒素、リンの流入負荷はこの間増加していないのに潮受け堤防閉め切り以降急に赤潮の発生が顕著になった(図7(下))のは明白な事実である。外海における潮汐の減少と相まって有明海に決定的打撃を与えたのは諫早湾干拓事業と考えるのは自然である。かかる急激な環境悪化をもたらす要因が干拓事業以外に存在し得るか、農水省に問われなければならない。そして、有明海の環境悪化の根本原因を究明し、その本質的な解決をめざすために、農水省は中・長期開門調査を実施すべきである。 <文献・資料>
※研究者共同声明4のPDF版(約870KB) |
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