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≪研究者共同声明≫

有明海再生のために開門調査は必須である

2003年12月15日

 東 幹夫(長崎大学教授)     安東 毅(九州大学名誉教授)
 石賀裕明(島根大学教授)     宇野木早苗(元東海大学教授)
 佐々木克之(元水産総合研究センター室長)
 佐藤正典(鹿児島大学助教授)   堤 裕昭(熊本県立大学教授)
 宮入興一(愛知大学教授)     村上哲生(名古屋女子大学教授)

 有明海は、生物生産力がきわめて高い内湾生態系とそれに支えられた豊かな漁業が今日まで維持されてきた日本で残り少ない海域である。その有明海の環境が近年急速に悪化している。タイラギなど魚介類の激減、ノリ不作、赤潮の多発など有明海の相次ぐ「異変」は、漁業を壊滅させかねない。その原因解明と再生へ向けた対策は緊急の課題である。

 現在、諫早湾潮受け堤防の「中・長期開門調査」が大きな焦点となっている。これは、2001年12月にノリ不作などの問題を検討するために農水省が組織した「有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会」(以下、第三者委員会と記す)が提案したものである。第三者委員会は、科学的なデータの検討に基づいて、諫早湾干拓事業が有明海全域での環境悪化の主な原因となっている可能性があるという判断に至り、それを検証するために、諫早湾潮受け堤防の開門調査を提案した。これを受けて、まず、2002年4月から5月にかけて短期開門調査が実施された。その調査結果などをふまえて、今後の中・長期開門調査のあり方が農水省に設置された中・長期開門調査検討会議で論議されている。しかし、12月13日に開催された検討会議専門委員会で、中・長期開門調査の意義を認める意見と調査に否定的な意見が併記された。
 
 漁業、底質、赤潮、貧酸素などに関する多面的観点から、諫早湾干拓事業が有明海の環境と生態系を悪化させている可能性は相当高いと思われる。したがって、私たちは、有明海の漁業が崩壊の危機に直面している重大性を考えれば、第三者委員会が求めた数年にわたる中・長期開門調査を早急に実施することが、たとえ諫早湾干拓事業の計画どおりの進行に支障をきたすとしても、取り返しのつかない事態を避けるために必要と考える。中・長期開門調査検討会議専門委員会での「開門調査によって得られる成果がない」という意見は科学的な根拠に基づいたものとは言い難い。

 私たちは、以下において、中・長期開門調査に否定的な意見のどこが問題なのか、具体的に指摘するとともに、調査を早急に実施することがなぜ必要なのかを述べる。

 以上の観点から、私たちは、農水省が干拓事業にかけられている懸念の正否を明らかにするために中・長期的開門調査を実施して、行政の責任を果たすよう強く要望する。
 
1.第8回専門委員会報告書(案)の問題点

1) シミュレーションの妥当性・・・報告書は、実測データを得ても、潮受け堤防の環境への影響を解析するのは困難であり、数値解析の方が優れていると述べている。数値解析が妥当かどうかは、まず実測データと照らし合わせて初めて可能となるのに、それをせず何故優れているというのであろうか。さらに、以下にも述べるように潮汐・密度成層、恒流、水質、底質のシミュレーションは明らかに実測データと異なっている。現段階ではシミュレーションの妥当性は不明確であり、調査はせずシミュレーションによるだけでよいという見解は受け入れることはできない。

2) 調査は締め切りの影響を明らかにできないのか・・・報告書は、「現状が締め切り以前の状態と異なるので調査しても締め切り以前の状態を再現しないから締め切りの影響を明らかにできない」ことを力説している。しかし、調査の目的は、締め切ったことによる流れ、水質、底質、貧酸素、赤潮、漁業への影響を検証することであり、締め切り以前の状態をすぐに再現できないとしても調査の意味がないことにはならない。しかも調査の方法によっては、干潟生態系を部分的に回復させ、その効果を調査することは可能である。第三者委員会が提案した時点でこの問題は明らかであり、調査しないための詭弁である。

3) 海の事象は複雑で明らかにできないのか・・・報告書は、流動場、水質および底生生物について、「海の状況は複雑であり、調査しても何もわからない」ということを述べている。例えば、水質については「様々な気象、海象条件に支配され大きく変動するために、実測データが得られたとしても開門の影響かどうか見極めることは困難である」と述べている。端的にいってこれは海洋調査の意義を否定するものである。報告書は一方では、モニタリング結果から潮受け堤防の影響はないと述べて、モニタリングの意義を認めていて、他方で開門調査ではわからないと述べるのは、ご都合主義ではないだろうか。常に調査は何事かを明らかにするために行うもので、実施する前から明らかにできないと述べるのは、調査をしないための詭弁といわざるを得ない。

4) 疫学的知見に対する無理解・・・報告書は、赤潮については「赤潮の発生メカニズムは未解明な部分が多く、潮受け堤防との関連を解明することは、現在の科学技術では困難」、漁業については、「・・・変動メカニズムが十分明らかになっていない、・・・開門調査によって諫早湾干拓事業と漁業生産との関連を直接的に検証することは期待できない」と述べている。第三者委員会その他ですでに明らかになっているように、締め切ってから赤潮発生件数が増加している。また80年代前半の漁業生産の減少に続いて、干拓事業が始まった90年代から漁業生産がさらに減少している。赤潮発生のメカニズムや漁業生産のメカニズムが解明されていなくても、干拓事業が関係していれば、開門によって赤潮や漁業に変化が起きる可能性があるから、第三者委員会が中・長期開門調査を提案したのである。この問題をメカニズム問題にすり替えるのは、疫学的知見に対する無理解もしくは、無視という批判をせざるを得ない。

2. 開門調査をしなければならない理由

1) 開門した場合の水理状態・・・短期開門調査は、わずかに潮位差20cmの開門であったため、水理に及ぼす影響は顕著ではなかったが、それにもかかわらず堤ら(http://www.ariakekai.info/)は、諫早湾口から有明海において顕著な潮目を観測し、これが開門と関連している可能性を指摘している。また、宇野木(2002)は、二つの排水門を常時開放した場合、約半分の潮汐が回復することを指摘している。このような観測結果や計算結果を実証するために開門調査を実施すべきである。

2) 諫早湾奥部の水質浄化機能・・・佐々木ら(2003)は、海洋学会誌「海の研究」で調整池による諫早湾奥部干潟生態系の浄化機能の喪失とそれによる調整池からの負荷量の増大について論じている。この論文は、調整池に海水を導入することによって浄化機能を回復することによって、諫早湾環境を改善できる可能性について論じている。また、佐々木らは2003年9月に開催された海洋学会で、短期開門調査の結果から海水導入を短期間行っただけで窒素とリンの浄化力が回復したことを示した。これらの検証のためにも開門調査は必要である。

3) 赤潮発生機構・・・堤ら(2003)は、「海の研究」に有明海の赤潮発生機構が、湾奥部における淡水の滞留と成層構造の発達によって引き起こされたもので、その原因として潮受け堤防による締め切りが関係している可能性を指摘して、さらに第5回中・長期開門調査検討会議で堤はこの問題について報告している。堤らの見解の検証のために開門調査が不可欠である。

4) 底質の細粒化・・・東らは2003年11月に開催されたベントス学会において、1997年と2002年6月の観測結果から、締め切り以後有明海中央部において底質が粗粒砂から細粒砂に変化しているとともに、この底質の変化を反映したベントスの変化を報告した。これは、第三者委員会が指摘した底質の細粒化が進行していることを実証したものであり、この検証のために開門調査は必須である。

以上


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