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<添付資料>

○「中・長期開門調査の及ぼす影響と対策について」の検討

1. 調整池底質巻き上げの問題

 この「影響と対策」の中で、とくに費用が必要とされているのは、6ページ以降に述べられている、洗掘された堆積物による海域への悪影響の回避、の問題である。その中で「常時開門する場合・・・南北計250mの排水門から海水が出入りし、排水門近傍で局所的に大きな流速が発生し、悪影響が想定」と述べている。解説すると、常時開門では、流速が早くて、排水門付近では底泥を巻き上げて、これが諫早湾内に拡散して、諫早湾内の環境を悪化するので、これを回避する対策を講じなければならない、ということを主張している。

1) 現状(開門しない状態)ですでに多量の浮泥が排出されている・・・現在の状態を開門に対する言葉として閉門と呼ぶことにするが、閉門状態ですでに浮泥は流出している。短期開門調査報告書によれば海水導入前(すなわち閉門時)に浮泥(SS)は河川からの流入量を差し引いて25000kg/日排水門から排出されている。すなわち、現状の閉門状態ですでに多量の浮泥が諫早湾に流出している。

2) 昨年の短期開門調査で海水導入によって浮泥の排出は抑制された・・・昨年4月24日から5月20日の間行われた短期開門調査の時の、調整池内の調査点D19(北門近傍)とD22(南門近傍)および諫早湾内の調査点S1(北門近傍)とS6(南門近傍)のSSの連続記録を見てみよう。(佐々木(2003:日本海洋学会秋季大会)は、海水導入後開門を続ければ14000〜28000kg/日堆積する、すなわちそれだけ浮泥の排出を抑制すると見積もっている)。濁度の変化:短期開門調査時の連続観測結果を見る。
調整池(St.D19とD22)では、海水導入後4/25-4/28ではピーク値が200-250、4/29以降は100以下、終了時の5/20では20前後、しかし淡水化後は徐々に上がり、6月中旬以降は100-200に上昇した。これは、海水導入によって懸濁物質(SS)が海水によって凝集-沈降して海水中のSS濃度が減少したこと、再び淡水化するとSSが堆積することなく濃度が上昇したことによる。
堤防排水門外側のSt.S1とS6では、4/25-4/28にS1では排水時に500-700、S6では250-500の高いピークを示した。4/29-5/2ではS1のピークは200程度、S6のピークは100以下となり、その後は排水量が減少したこともありかなり低い値となり、排水量の多かった5/11と5/22にS1で200程度のピークがあったが、5/15には100程度となり、その後漸減している。S6では5/22の原因不明の大きなピークを除きほとんどピークが見られなかった。
これらの結果は、短期開門調査時には海水導入直後は浮泥の大量流出があったが、海水が導入するにつれて浮泥の流出量が少なくなったこと、その原因の多くは調整池内の浮泥の濃度が減少したことによるということを示した。

3)常時開門における浮泥シミュレーションは妥当なのか・・・常時開門では流速が早くなるので確かに巻き上げも増加するが、それと同時に海水導入による浮泥の凝集・沈降・堆積も生じる。この効果を含めてシミュレーションしたかどうか不明である。少なくともこのシミュレーションが妥当かどうかは、まず短期開門調査の実測値と照らし合わせて行うべきで、それなしでは納得できない内容である。

2. 経費の問題

「影響と対策」の参考資料に対策費用について記述されているので、これについての見解を述べる。

1) 洗掘された堆積物により海域環境に悪影響を与える問題・・・資料では、この対策のために、排水門付近を浚渫して、さらに洗掘が生じないようにするための工事を行う、浚渫と工事の費用を423億円と見積もっている。これは、海水導入によって浮泥が諫早湾内に流出するのを防ぐための費用である。しかし、上述したように、開門によってさらにどれだけ浮泥の流出が増加するのかきちんと見積もってから悪影響を示す必要がある。すでに述べたように、開門によって海水が導入されると調整池は浮泥が堆積することになり、流速が速くなることによる洗掘による巻上げを相殺することになるので、浮泥の凝集・堆積効果を入れたシミュレーションでなければ現実的ではない。
 工事においてとくに費用がかかるのが浚渫としている。諫早湾干潟の泥質は30m近くの深さがあるとされている。どれだけ浚渫するのかわからないが、浚渫窪地が深くなると必ず周りから泥が流入するので、どれだけ意味があるのかわからない。さらに開門調査の結果、開門を続けることになった場合も、閉門にすることになった場合も、いずれにしてもこの工事は不要、すなわち費用は無駄金となり、このような無駄なことはする必要がない。
 農水省は短期開門調査時に浮泥が流出して、小長井漁協などのアサリ漁場他が被害を受けたとして、約6000万円の補償金を支払っている。この原因は、調整池内に蓄積した浮泥その他の汚濁物質が開門によって一度に流出したためであり、原因は開門したことによるのではなく、調整池そのものにある。原因論はおいておくにしても、1ヶ月で約6000万円、単純に12倍して1年間としても補償金は7億2000万円である。しかし、原因が調整池に蓄積していた汚濁物質によるのであり、さらに短期開門調査報告では1ヶ月でほぼ水質は海域と変わらない値となっているので、これ以上被害が広まる危険性はすくないので、7億2000万円は過大評価である。かりに7億2000万円支払ったとしても、農水省が浮泥による悪影響を保全するとした422億円の1.7%に過ぎない。さらに、工事の工期が3年と見積もっているが、漁業補償をする場合にはすぐ開門を実施できる。

2) 調整池の塩水化や水位上昇に伴う後背地の防災機能に悪影響を与える問題・・・資料では、調整池の水位上昇に対応する常設と洪水排水のため排水ポンプの設置と運転(必要排水量155m3/s、必要経費200億円、工期3年)と記述されている。調整池の水位は開門によって満潮時に水位が上昇するため後背地に水が溜まって、それを排水するために必要とされると理解できるが、実際にどのくらいの排水が必要なのか、この資料ではわからない。短期開門調査時の-1.0mでは現状でよいので、それ以上の水位の上昇時に対応するものと考えられるが、潮汐は干満を繰り返すので、実際にどれほど必要なのか明らかにして、積算すべきである。155m3/sの排水量は、日に換算すると、1339万m3となる。現在の閉門時でも洪水時に4時間で2790万m3(1999年6月25日)排水している実績があるので、洪水時の対策は不要と考えられる。常時開放といっても、洪水が予想されるときにはゲート操作で防ぐことが可能なはずである。可能でないならば155m3/sの排水量が必要である根拠を示すべきである。これらのことを考えると、200億円という根拠を、もう少し詳しく積算基礎を含めて提出すべきである。

3) 開門調査に必要な経費についての考え方・・・上に述べたように、資料の積算経費には不明な点が多く、かつ不要なものが多い可能性がある。しかし、厳密に必要経費が積算されたとしても、それが高額だから開門調査をしてはならないということにはならない。一般に、海域の工事には悪影響はつきものである。締め切り堤防の工事によって少なくとも諫早湾内は大きな悪影響を受けた。開門調査もある意味では必要な工事であり、そのために生じた悪影響に対する補償はせざるを得ない性質のものである。
 費用についてさらに言うと、諫早湾干拓工事が始まった1990年の有明海海面漁業(ノリなどの養殖業を除く)の漁業生産額は4県合計で231億円、2000年の生産額は78億円、全てが諫早湾干拓事業によるものとは考えなくても漁業者はかなりの部分が干拓事業によるものではないかと考えている。差額は年間151億円にもなる。さらに現状が固定されれば、例えば被害額は10年間で1510億円、20年間では3020億円となり、膨大なものになる。たとえ、開門調査によって諫早湾干拓事業が有明海異変に影響がないと判明したとしても、それに要した費用は、別な要因があることを明らかにしたという点で貢献することになり、無駄ではない。開門調査によって諫早湾干拓事業が有明海異変の主な原因と判明すれば、防災のために調整池方式を新たなものにすることなどを検討すればよい。そのことによって必要とされる費用は、有明海漁業の将来を保証するための必要経費となる。

○ 総合的な論点整理

(1)解析から始める調査手法では、今までの個々の論点整理と明らかに異なっている。すなわち、個々の論点では開門によって明らかにできる可能性もいくつか指摘しているのに、総合的になるとすべての項目にわたって、「開門調査を行っても締め切りの影響を検討することは困難である」と述べている。このような整理は、恣意的なものといわざるを得ない。
総合的な整理では、以下に述べるようにいくつかの知見が取り入れられていないため、十分な論点整理となっていない。

1)「開門総合調査では、流動において潮受け堤防による潮流の変化が諫早湾周辺海域でとどまっている」と述べているが、これはシミュレーションからの結果であり、実際の観測結果と比較検討したものではないので、このように断定できないはずである。

2)「底質の粒度について一定の変化傾向は見られなかった」と述べているが、既に紹介したように、東ら(2003)は締め切り以後有明海中央部で明らかに細粒化している結果を示しているので、このことも断定できないことである。

3)赤潮については、精力的に現場観測を行い、仮説も提案している堤の見解が取り入れられていないし、東らの底質の変化に伴う底生生物の変化についての見解も取り入れられていない。

4)6-2の潮位・潮流に関しては、シミュレーションによる検討が優れていると述べているが、多くの学識経験者が述べるように、広大な干潟の存在を取り込んだシミュレーションは未完成であり、優れているとは言いがたい。さらに、シミュレーションは現場観測との比較検討によって初めて精度も上昇するものであり、実測データを軽んじる論議は、シミュレーションの役割も軽んじることにつながるものである。水質に関しては記述してあるように現段階でははっきりとした結果が得られていないが、底質や浄化機能に関しては成果が得られていて、開門調査による変化方向が示唆されている。赤潮や漁業についても、すでに述べたように開門調査によって明らかにすべき課題はある程度明確であり、「環境への影響を検討することは困難である」と言うことは困難である。

(2)観測から始める調査手法では、開門調査に否定的な文言は使われていないが、調査の意義をもう少し具体的に述べる必要がある。とくに「このアプローチに関しては具体的にどのような手法によりどのような知見が得られるのかについては、明確な結論が得られなかった」と述べている点は問題である。すでに述べたように、浄化機能、赤潮、底質についてはデータや仮説も出されているので、少なくともその検証の意義はあるし、漁業についても重要な意義があるので、そのことも含めた記述にしていただきたい。

6-4で述べられているリスクなどについては、すでに影響と対策で見解を述べた。


「中・長期開門調査検討会議の論点整理」の検討

○ 2.有明海と諫早湾干拓事業の節の中で事実誤認、または無視がある・・・この中には、異なった見解があることが示されていない。2-1ページの1)調整池からの負荷量(平成13年)は有明海全体の1-2%であるという認識について:佐々木ら(2003:海の研究、12巻、573-591)で、平均的にCOD負荷は8.3-12.2%、全窒素は3.7-4.4%、全リンは6.3-9.5%と推定している結果を見落としている。したがってここは断定的に記述すべきではない。2)底質については、最近の発表であるが、東ら(2003:ベントス学会口頭発表)が、1997年の締め切り以後有明海全域で底質が細粒化していることを示したことを見落としている。3)赤潮発生件数は、すでに本検討会議で堤教授が1998年以降増大しているという発表を無視している。4)漁獲量は・・・ほぼ一定している、という表現は誤解を招く。干拓事業が開始された1990年の海面漁獲量は87000トン、2000年は22000トンであり、このことをきちんと認識する表現が必要である。さらに、海面生産額は90年231億円、2000年は78億円と大幅に減少していることも記載すべきである。

○ 3.の技術的な論点等の整理

3.1.見解の6項目に沿った整理

3.1.1.潮位・潮流(3)潮位・潮流に関する論点・・・「常時開門しても、地形条件、境界条件が潮受け堤防建設前とは異なるため、潮受け堤防がない場合の流動条件とは大きく異なったものとなることから、実測データは直接的に潮受け堤防の有明海の環境への影響を示すものとはならないのではないか」という記述がある。ノリ第三者委員会が提案したのは、開門調査であり、堤防をなくしての調査ではない。開門することにより少なくとも諫早湾内の流動が変化する(経塚ほか、2000)可能性が高く、そのことによる変化を観測して、さらに解析すれば、開門と閉門の違いが明らかになる。さらに、これらの結果を用いれば、堤防がない場合のシミュレーションも可能になるかもしれない。したがって「」の中は、「開門によって流動や海洋構造が変化する可能性があり、実測データは、開門による有明海の流動への影響を示すものになる」とすべきではないか。

3.1.2.水質・干潟に関する論点・・・かっての諫早湾干潟の浄化機能の評価は、すでに佐々木ら(2003:前述)で行っている。既存文献等の佐々木氏意見書でも述べられているように、短期開門調査でも一定の浄化機能の回復が示されたので、開門調査で浄化機能の回復を実測することは可能である。
 この論点の最後の部分に、潮受け堤防外の水質は・・ほぼ横ばいと述べているが、底質について触れていない。モニタリング結果では諫早湾中央部の底質CODは約15mg/lから締め切り後20mg/lに増加している。前出佐々木ら(2003)では、浄化機能の喪失が調整池水質を悪化させて、諫早湾へ大きな負荷を与えていることも示した。これは調整池からの負荷量が増加したのと、諫早湾内の流動が弱まったためと推定されるが、底質のCOD増加の一因が調整池水質の悪化に起因していることを示したものである。このことについて触れていないのは問題である。

3.1.3.貧酸素水塊に関する論点整理・・・一般論として、下層の貧酸素は、水平および鉛直的な輸送により下層に供給される酸素量と底質などによる酸素消費のバランスで決まる。諫早湾は締め切りによって流動が遅くなり下層への酸素供給が減少したことに加えて底質のCOD増加によって酸素消費量が増大するはずであり、締め切り以前と比べて貧酸素となりやすいことは明瞭である。論点の3番目のものは、「貧酸素は様々な要因によって決まるので、開門調査によって潮受け堤防の(開門)の影響があるかどうか判断することは困難である」と述べている。すでに諫早湾湾口付近では連続観測が実施されているので、それらの結果と開門後の連続観測結果から十分にこの問題は解明できると考えられるので、この「」は杞憂と思われる。4番目に、地形条件など堤防建設以前と異なるので開門の影響をみることにはならないのではないかと述べているが、これは3.1.1.で指摘したと同じように、開門による流動の変化は、海洋構造も変化させる可能性もあり、諫早湾だけでなく有明海全体に影響する可能性を否定できないと考えられる。

3.1.4.底質・底生生物に関する論点・・・論点の3番目に、潮受け堤防がある状態では有明海の環境に及ぼした影響をみることにならないのではないか、との記述がある。先に示した東ら(2003)は、1997年6月の締め切りの影響が見られない有明海全体の底質と5年後の2002年6月の底質を比較して、有明海中央部で明らかに底質の細粒化を認めた。したがって、締め切った影響が有明海全体の環境に及ぼした可能性が高く、調査によってこの点が明らかになると考えられる。論点の4番目に底生生物の変化要因は複合的なものなので、数年かけて調査を行っても開門の影響を判定することは困難ではないか、との記述がある。東教授によれば、締め切って年々底生生物が細粒化に対応した変化を示している。したがって、開門すれば逆の影響がでる可能性は十分あると考えられる。

3.1.5.赤潮・プランクトンに関する論点・・・堤教授が検討会議で報告したように、堤防締め切り後赤潮が規模、日数が増大した。その原因としては、急に窒素、リンの負荷が増大したわけではないので、海洋構造の変化が上げられる。さらに海洋構造の変化が締め切りによってもたらされた可能性が考えられるので、開門調査の意義は十分にある。論点の4番目は、堤教授の意見とまったく異なっていて納得できない。5番目は、開門調査では赤潮問題の解明は難しいので赤潮発生メカニズムの解明に努力すべきと述べているが、堤教授の考えはまさに現在の赤潮発生メカニズムの解明のための開門調査をするべきというものであり、この考えに対する回答と考えることができる。

3.1.6.漁業生産に関する論点・・・2番目に「採貝漁業の漁獲量の減少は1970年代後半から始まっているが、・・・」と記述されている。1979年がピークで約10万トン、その後一貫して減少(1983年は突発的に高い)して1985年には5万トン近くとなったが、その後1990年までは安定していた。1991年から減少が始まって1999年には2万トン近くまで減少している。また、タイラギは諫早湾に近い漁場から壊滅していった経緯がある。したがって、開門調査によって流動や底質が変化することによって漁場環境が変化する可能性があるということができる。

3.1.7.その他について・・・海域環境には地球環境変化から局所的な変化まで様々は要因が作用することはもちろんである。だから、調査してもわからないだろうというのは、科学研究を否定するものである。解明するために、ある変化が何によって引き起こされたのかを解明する方法が作られている。開門以前と開門後との比較によって、例えば浄化機能は短期開門調査でも変化が生じている。どのような調査をして、どのような結果を得るのか十分に検討して調査することによって、自然のからくりを知ることができるというのが科学の基本であり、それを否定する意見には賛成できない。

○ 3.2.調査の進め方等

 
まず開門して調査すべきという意見と、基礎的なメカニズムについての理解が曖昧な段階で調査をしても、データを得られたとしても因果関係を解釈、検討することは困難であるとの意見が出されている。内湾の物質循環研究は東京湾、伊勢・三河湾、大阪湾などで研究が実施されて理解が進んでいるが、有明海は強い潮流とそのための成層の不安定、広大な干潟、多量の浮泥の存在によって、東京湾などとは異なった環境となっていて、その基礎的なメカニズムについての理解は不十分である。シミュレーションはシステムについての理解がなければ十分なものとはならないので、有明海のシミュレーションはまだ発展途上といえる。そのような段階では、基礎的な方法論にもとづいて現場観測することが重要であり、東京湾その他の内湾の理解もそのようにして進んできた。したがって、ここで上げられた調査の進め方に関すれば、締め切り以前と開門後に焦点をあわせた調査がまず重要である。調査方法や調査の進め方は、多くの研究者の意見を取り入れる形で、いわば英知を結集して行わなければならない。

以上


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