諫早干拓見直し答申とこれからの課題

陣内 隆之(諫早干潟緊急救済東京事務所代表)

●再評価第三者委が諫早干拓「見直し」を答申

 去る8月24日、九州農政局事業再評価第三者委員会の最終会合において、「環境への真摯かつ一層の配慮を条件」とした諫早湾干拓事業事業見直しの答申が出されました。
 この会合に先立ち、私たちは日本湿地ネットワークなどと連名で「諫早湾干拓事業の中止を求める緊急アピール」を全国に呼びかけ、3日間で94団体と個人777名の賛同を得ることができました(ご協力いただいた皆さま、有り難うございました)。会合当日には、「宝の海を返せ!」の鉢巻を締めた約300人の漁民・市民が集まる中、このアピール文も無事、黒田委員長に手渡すことができました。これらのアピール行動も各委員の胸に届いたようで、非公開で始まった会合は紛糾。予定を2時間以上オーバーした後、答申発表の会見が行われました。
 全5回にわたる第三者委員会議事では、WWFジャパンとともに私たちが取り組んだ「市民による諫早干拓・時のアセス」も度々取り上げられ、干潟の浄化能力喪失による外部不経済を費用対効果に組み入れること、営農計画への諸問題、ノリ不作に代表される有明海環境への影響など、事業の必要性・妥当性に各委員から疑問の声が上がりました。委員長を除く全委員が「一端事業を休止・中止し十分調査検討した上で再度見直すこと」を主張されましたが、最終答申では、事業の是非の判断を回避し、玉虫色の「見直し」となったのでした。
諫早湾干拓事業の再評価を審議知る第三者委員会の会場周辺に集まった漁業者や市民(熊本市内・2001年8月24日・)

●不十分な農水省の「事業縮小」案

 第三者委の答申を受けた農水省による事業実施方針及び農水大臣談話では、「@防災機能の十全な発揮 A概成しつつある土地の早期の利用 B環境への一層の配慮 C予定された事業期間の厳守」を視点に事業見直しが検討されることとなり、更に後退した内容になっています。そして、一部報道によれば、現在水面下にある東工区のみを凍結し事業を進めるという、干拓造成規模を半減させる縮小案で収拾を図ろうとする動きが取り沙汰されています。
 このような動きに対して、私たちは、小泉首相並びに武部農相宛の意見書を9月11日に提出しました。意見の柱は以下の通りです。
1.見直しにあたっては、まず、本事業の総括をきちんと行うこと。
2.有明海再生と背後地防災機能の両立を事業見直しの基本とすること。
3.見直し作業は、市民・農民・漁民・研究者・NGOなど関係者による円卓協議を基本とすること。
 水面下で調整が図られている縮小案は、西工区存続と潮受け堤防及び排水樋門の機能評価を柱としています。ところが、有明海異変と諫早湾干拓事業との因果関係を考えたとき、潮受け堤防の存在そして諫早干潟の消滅こそが、異変の大きな要因と推測されます。日本自然保護協会はじめ各学会・研究者の報告を総合すると、堤防により諫早湾を閉め切ったこと等で、有明海の潮流と潮汐が減少し、海水の拡散・対流が弱まることが、物質循環や生物生産などにも大きな影響を与え、さらに有明海全体の干潟減少を促進させることにつながり、諫早干潟の消滅による浄化機能の喪失と相まって、環境への影響が大きいと指摘できるのです。見直しにあたっては、有明海再生に貢献するものでなければ不十分です。

第三者委員会の黒田委員長(左)に、事業中止を求める緊急アピールを手渡す、有明海漁民・市民ネットワークの森文義代表と筆者(陣内)

●諫早干潟の全面的な再生を

 この意味で、潮受け堤防改廃を含めた事業の全面的な見直しが必要です。完成した構造物であっても、その存在が有害ならばそれを除去することは必要なはずです。また、かつての諫早干潟の中心であり重要な役割を果たしていた西工区を干潟に戻すことが、有明海環境の早期回復に不可欠です。縮小してもなお営農計画の見通しが立たない西工区は、むしろ干潟に戻してこそ利用価値が高まります。
 このような主張を理解するためには、事業への反省をきちんと行わなければ難しいでしょう。見直しの基本は、事業へのきちんとした総括から始まると考えます。
 もちろん、有明海再生のためのこれら施策にあたり、背後地の防災機能に十分配慮することは当然求められます。しかし、事業への総括がきちんと行われるならば、旧堤防の嵩上げ改修や樋門の整備、湛水対策としてのポンプやクリーク整備など、取り得る対策を実施できるはずです。むしろ、漁業とも共存できる本来の防災対策の早期実施こそが求められているのです。今もなお干拓事業に依存した防災対策にこだわり続ける、有明海ノリ第三者委員会における農村振興局の姿勢こそが問題なのです。
 これに対して、表向き事業推進を訴える地元関係者は、実は農地造成への期待は薄く、防災対策の充実と財政負担の軽減さえ確保できれば見直しも許容できるというところが本音のようです。また、本事業によりやむなく漁業から建設業へと転業された人々も、本音では漁業に戻りたいのだと聞いています。そうした人びとが有明海再生を夢見て、堤防改廃などの建設事業に取り組むことは理に適った方向です。

第三者委員会の開催中に、会場付近の川原で開かれた漁業者の集会で挨拶する諫早干潟緊急救済本部の山下八千代代表

●見直し案策定は関係者による円卓会議で

 こうして考えてくると、市民・農民・漁民など実際の関係住民の間では、それ程問題なく本格的な見直しへと舵を切ることは可能であると思われます。問題は、きちんとした総括無しに、官僚本位で政策遂行が行われることに起因します。このことが、緊急を要する本来の本格的な見直しにブレーキとなっているのです。
 第三者委員会答申では「叡智を尽くして取り組むことが緊要である」とあります。今後の見直し作業は、市民・農民・漁民・研究者・NGOなど関係者による叡智を結集することが緊要です。私たちは、この円卓協議実現に向けて努力していきたいと考えています。
 構造改革が叫ばれる今日、政策遂行などを官僚本位から国民本位に改めることが求められています。「自然との共生」を基本方針とした小泉内閣の英断に期待し、有明海再生と地域防災対策の両立を基本とした本事業の徹底した見直しを求めていきます。
 引き続き、みなさまのご支援をよろしくお願い申し上げます。

諫早湾の二反田川河口(南部承水路)付近。水路の左岸奥が工事中の干拓地(2001年8月25日)

TOP PAGE | INFORMATION | REPORT | LIBRARY| LINK