国営諫早湾干拓事業に関する再質問主意書と回答
三 防災関連
1. 長崎地方裁判所に係属中のいわゆる「自然の権利裁判」の証拠調手続において、現地干拓事務所長が、(1)排水効果について、本件潮受堤防は、普通程度の雨に対する自然排水すなわち「常時排水対策」を目的としたものであり、平成9年5月や同年7月のような大雨に対する排水効果を予想するものではなく、大雨による低地の湛水には効果がない、(2)洪水対策に関し、本件潮受堤防の洪水対策の効果は、低地地域に限定されるものである(結果として、洪水対策に関し、本件潮受堤防の洪水対策の効果は低地地域に限定される)旨の証言をしている。これは、現場の現職の最高責任者の裁判所での証言であるから、農水省(政府)の見解と理解してよいか。あらためて、(1)、(2)に対する政府の見解を示めされたい。
(答) 長崎地方裁判所における平成9年11月5日の干拓事業差止請求事件第6回口頭弁論での諌早湾干拓事務所長の陳述書は、「本事業では、標高7メートルの潮受堤防で諫早湾の一部を締め切ることにより、伊勢湾台風級の高潮が発生したとしてもその被害を防止することができます。また、潮受堤防の内側に1710ヘクタールの調整池を設け、排水門の操作により調整池の水位を標高マイナス1メートルで管理することにより、伊勢湾台風級の高潮と過去最大といわれる昭和32年の諫早大水害時に相当する洪水が同時に発生した場合にも高潮の影響を受けることなく、洪水を調整池に安全に流入させることができるようにし、諌早湾周辺低平地の洪水による被害を軽減するものです。加えて、周辺低平地の標高は低いところで標高マイナス0.5メートル程度であるため、調整池の水位を標高マイナス1メートル(小潮平均干潮時潮位、長崎干拓事業時代から一貫してこの水位となっています)で管理することにより、周辺低平地からも潮汐の影響を受けることなく常時の排水を可能とします。」となっており、尋問での証言も陳述書の内容に沿って発言されたものである。
陳述書及び証言は、個人としての見解を申し述べるものであるが、農林水産省としても、当該陳述書と同様に考えている。
なお、当該陳述書中の「洪水による被害を軽減する」には、大雨を含む降雨時における排水の改良が図られることも含んでいると理解している。
2. 潮受け堤防の洪水、高潮対策の効果について、高潮と洪水の同時襲来を想定した防災効果であるから、その防災効果は、本明川上流4キロメートル付近までに限定されるのではないか。
(答) 国営諌早湾干拓事業の防災効果は、潮受堤防を設け調整池の水位を標高マイナス1メートルとなるように管理する結果、高潮や潮汐の直接的な影響を受けることなく河川の通水や背後地からの排水が可能となることによって発揮され、本明川以外の河川も含めた調整池周辺地域に及ぶものである。
なお、本明川にあっては、河口から約5キロメートル上流に位置する公園堰付近まで潮汐の影響を受けていた。
3. これまでの大雨に際し、調整池の水位をマイナス1メートルに保とうとしても、外潮位と降雨の程度の関係で水位が保てずに結局排水が予定したとおりにうまくいかなかったという事実は認めるか。これは、そもそも、もともと、洪水流量と高潮の水位に何の関連性もないのに、これを機械的、意図的に操作した結果ではないのか。さらに、地域によっては、潮受堤防が存在しなければ自然排水がうまくいっていたのに、排水門が極めて狭隘な潮受堤防によって、かえって、湛水被害を惹起した地域が相当面積ある事実は認めるか。
(答) 調整池の水位は、調整池から外海への排水が潮の干満に左右される関係上、もともと標高マイナス1メートルより上昇する場合があることを想定しているものである。
また、潮受堤防設置前の調整池周辺地域においては、潮汐の影響並びに排水樋門の前面におけるガタ土の堆積及びミオ筋(流路)の埋没によって背後地からの排水は制約を受けていたが、潮受堤防設置後は、潮汐の直接的な影響がなくなるとともにミオ筋の確保が容易となり、これまでの大雨においても、背後地で一部の湛水が生じたものの、その程度や湛水時間は大きく改善されたと地元から高い評価を得ているところである。
なお、潮受堤防の排水門は、伊勢湾台風級の高潮と諌早大水害級の洪水が同時に発生した場合において所要の排水量を流下させるために必要な幅員等を有しており、「排水門が極めて狭隘な潮受堤防によって、かえって、湛水被害を惹起した地域が相当面積ある」との御指摘は当たらない。
4. 農水省が本件潮受堤防の設置により防災効果(排水、洪水対策)があったことの根拠とする2度の現地での大雨(平成9年5月、同年7月)による湛水被害に関し、それぞれ、いつ、どの地域に、どの範囲の面積の湛水被害が見られたか、現地から受けた報告の内容の詳細を明らかにされたい。さらに、その報告のもととなった報告者(名前、所属)、調査者(名前、所属)、調査日、調査時間帯、調査場所、観察方法などを明らかにされたい。
これらの点については、民間の調査結果と農水省の発表内容が大幅に食い違っているために、これまで何度も農水省の発表の根拠を問うてきたものである。あらためて明確な回答を求める。
(答) 平成9年5月13日から14日にかけての降雨においては、関係者からの聞取りを含む諌早湾干拓事務所職員の現地調査では、平成9年5月14日正午前後における状況として、諌早市の松崎排水機場周辺地域等で約55ヘクタール、森山町の諫早湾周辺地域で約90ヘクタール、吾妻町の釜の鼻排水機場周辺地域で約10ヘクタール、愛野町の有明川河口周辺地域で約5ヘクタールの湛水がみられ、このほか面積は不明であるが黒崎排水機場周辺地域等にも湛水がみられた。
平成9年7月6日から12日にかけての降雨においては、関係者からの聞取りを含む関係市町職員の現地調査では、平成9年7月10日午後3時前後における状況として、諫早市の白浜町、川内町、赤崎町等で約660ヘクタール、森山町の井牟田下名、田尻名等で約415ヘクタール、吾妻町の阿母名等で約100ヘクタール、愛野町の有明新田等で約35ヘクタールの湛水がみられたとの報告を長崎県を通じて受けている。
なお、湛水面積は、測量ポール等により湛水深がおおむね20センチメートルを超える範囲を調査し、その面積を集計したものである。
5. 平成9年6月18日提出の質問主意書に対する7月22日付け政府答弁書によると、本明川にかかる防災の責任者である建設省が、河川法にもとづく「工事基本計画」において、当該河川の洪水、高潮の発生防止目的を達成できるよう策定していることを明言している。これは、潮受堤防は防災に不必要であることを認めるものと理解してよいか。仮にそうでないとすると、それまでの建設省の防災計画に不備があったことにならないか。この点についての見解を問う。
答弁書では、潮受堤防の高潮に対する効果は認めているが、すでに、建設省で高潮対策を講じている以上、潮受堤防の設置は二重投資にならないか。また、高潮対策に関し、建設省と農水省で事前協議を行ったのか。その際の協議の内容を、協議の過程で作成された文書の内容を明らかにすることにより説明されたい。
(答) 国営諫早湾干拓事業に係る潮受堤防は、本明川の高潮区間において結果的に高潮対策上の効果を発揮し、同川の高潮による災害の発生防止に寄与するものである。
建設省は、「本明川水系工事実施基本計画」を策定した際に、農林水産省に対し協議を行っており、潮受堤防により同川の高潮区間において結果的に高潮対策上の効果が生じることを踏まえ、同計画中高潮対策に関しては、「なお、河口部の高潮対策については、諌早湾干拓事業との関連において調査検討するものとする。」とし、今後、同計画に係る河口部の高潮対策について調査検討を行うこととしている。このため、建設省は同川において高潮対策のための工事を実施していないことから、潮受堤防の設置は二重投資とはなっていない。
6. 有明海沿岸における高潮対策として、建設省により、広く海岸堤防(高潮堤防)、防潮水門、排水ポンプが築かれているが、有明海の最新の海岸堤防はどこに、いつ、どのような工法で建設されたか。また、その際のコストは1メートル当たりいくらであったか。工事費の費用負担割合を示されたい。
(答) 建設省による有明海の最新の海岸堤防は、直轄海岸保全施設整備事業として、有明海岸芦刈工区において、平成6年度から平成8年度にかけて、地盤改良及び旧堤防の嵩上げにより建設されたものであり、1メートル当たりの工事の費用は186万8000円である。
また、工事費の費用負担割合は、海岸法(昭和31年法律第101号)第26条第1項により、国がその三分の二を、海岸管理者の属する地方公共団体がその三分の一を負担することとされている。
7. 新干拓地(1647ha)のうち、調整池の管理水位マイナス1メートル以下になる土地の面積を明らかにするとともに、これを前提に、設置される予定の中央排水機場のポンプの排水能力(44m/s)では1時間あたりどの位の降雨量に対し耐えられるかその計算結果を明かにされたい。
(答) 標高マイナス1メートル以下となる面積は約800ヘクタールである。中央排水機場のポンプの排水能力は、30年に1回の確率に相当する3日連続雨量499ミリメートルの降雨に対応できるものとして計画しているが、1時間当たりの雨量は算出していない。
8. 潮受け堤防の設計震度が0.084では、具体的にどの程度の震度に対して堤防は耐え得るか。干拓地が地震に弱いということを示す過去の事例(児島湾や八郎潟のケース)を承知しているか。そうであるとすると、なぜ、ことさらに、このような低い設計震度を設定したのか。高潮満潮時に地震で高潮堤防が決壊するとどのような事態が発生するか。そのような最悪の事態を予想したか、また、そのための対策を考慮したか。
(答) 土木構造物の耐震設計に用いる設計水平震度と気象庁の定めた震度階級による震度(以下「震度」という。)とは直接対応するものではなく、潮受堤防がどの程度の震度に対して耐え得るかを具体的に示すことは困難であるが、潮受堤防は、過去の地震による震害の経験及び耐震設計に関する調査研究の成果をもとに作成された基準に基づき設計水平震度を適切に設定し、底幅約120メートル、高さ約11メートルの傾斜の緩い安定した形状としており、耐震設計上問題ないと考えている。
また、過去に地震により八郎潟干拓地の干拓堤防が被害を受けた事例は承知しているが、干拓堤防が決壊したというような事実はなく、干拓地がことさら地震に弱いという事実も承知していない。
9. 1974年(昭和49年)3月策定の長崎県南部地域土地改良事業計画において、常時管理水位はEL(−)0.8mとなっているが、常時管理水位を小潮平均干潮位と同程度とみれば、当時と現在とでは、常時管理水位基準を判定するうえで、その判断環境がどう変化したのか明らかにされたい。
また、現時点で、EL(―)0.8mの常時管理水位とした場合のデメリット(例えば、自然排水困難地域が、何ヘクタール増加するかなど)を具体的に明らかにされたい。
(答) 昭和49年3月作成された長崎南部地域土地改良事業計画書(案)は、農林水産省九州農政局が試案として取りまとめたものであるが、この案では、干拓地及び諫早湾周辺地域の農業用水と長崎市や諫早市を中心とした長崎南部地域の都市用水の確保のため、調整池の管理水位を標高マイナス0.8メートルとし、より多くの利水容量を確保しようとしたものであり、国営諫早湾干拓事業の事業計画とは管理水位が異なっているものである。
国営諫早湾干拓事業においては、調整池の水位を標高マイナス1メートルとなるように管理することにより、既に防災効果が発揮され、地元からも高い評価を得ているところであり、このような状況の下、調整池の管理水位を引き上げることは考えていない。