国営諫早湾干拓事業に関する質問主意書
提出日:平成九年十二月十二日
提出者:衆議院議員 秋葉忠利・川内博史・笹山登生・吉井英勝・近藤昭一
提出先:衆議院議長を通じ、内閣
平成九年六月十八日付け質問主意書に対する政府の答弁書及びこれに付随する資料提出で明らかになった点にもとづき、改めて、以下の質問を行う。
一 生態系、環境アセスメント関連
- 平成九年六月十八日提出の質問主意書の中で、諫早湾を含む有明海全体の底生生物及び魚類に関する調査を行ったことがあるかとの質問を行ったのに対し、平成九年七月二十二日付け政府答弁書において、政府は、九州大学、農林水産省西海区水産研究所などの調査結果を引用するだけであったが、その後の再質問に答えて、諫早湾干拓事務所が平成六年八月二十日〜同二十三日の間に実施した調査結果として全有明海干潟の生物調査結果を公表した。このように調査結果を遅れて公表した理由は何か。
- 上記調査結果によると、諫早湾干潟は、生物の種類では、八つの有明海干潟の中で最下位、一平方メートル当たりの生物の現存量も八番目で、上位にある干潟の約五分の二ないし半分に過ぎない。これらの調査結果は、民間の専門家の調査及び一般的な認識に著しく反する結果であり、しかも、この調査は有明海全体の広大な干潟全体をわずか四日間で行ったとあり、極めて信憑性に疑いがある。一体この調査は、誰が(調査者の名前、所属、経歴を明らかにする)、どのような方法で行ったものか。また、生物の種類、現存量欄の具体的な詳細を明らかにされたい。
- 農水省が現在捜索中という、長崎南部総合開発計画にかかわる環境影響評価書(九州農政局作成)及び昭和五十二年三月作成(環境編)、昭和五十二年五月作成(漁業編)、昭和五十四年三月作成(漁業編2)の「諫早湾淡水湖造成に伴う湾外漁業に与える環境影響評価報告書」(九州農政局・長崎南部総合開発調査事務所作成)によれば、本件事業による諫早湾干潟の消滅によって、諫早湾外の有明海の漁業に対して影響が及ぶという結論が書かれているが(別添)、この結論と本件環境影響評価書の「諫早湾以外の魚類等にはほとんど影響を及ぼすことはない。」という結論とはどのような関係にあるのか。
「南総計画」のアセスメントと本件アセスメントは一体のものではないのか。また、本件アセスメントの結論の根拠となったのはどのような調査(調査者、その所属、調査年月日、調査方法など)に基づくものかを明かにされたい。
- 渡鳥の移動について、政府答弁書では、事前に調査して実際にこれを確認したのではなく、根拠もなく単に移動を期待しただけであることが明らかにされた。結局、事後のモニタリングを行うというのであるが、もし、近い将来、モニタリングの結果、渡鳥の生態系(個体数、繁殖数など)に取り返しのつかない結果を生じたことが明らかになった場合、政府としてどのような対応を考えているのか。潮を入れて干潟の再生を図る可能性はあるか。何も対応策がないとしたら、締め切って干潟と生き物と鳥類を死滅させておいて、事後的にモニタリングをするということにどのような意味があるのか。
また、その場合、日本政府として、ラムサール条約やいわゆる二国間の渡鳥条約の締約国として国際社会ないし相手方政府にどのような責任をとるのか。
二 調整池の水質関連
- 最近、潮受堤防の外側のアサリ漁場や海苔養殖場の一部に漁獲高や生産高に顕著な低下が見られ、本件調整池の排水との因果関係が指摘されている事実を認識しているか。この点について、農水省、環境庁として、早急に現地でのヒアリングを含む調査を行う用意があるか。
- 農水省の平成九年十月二十九日発表の水質に関する報告の中で、調整池のCOD等の数値は環境影響評価の目標値(平成十二年目標)に近い水準で推移している旨の記述があるが、そのように最近になって水質が安定した理由は何か。そこで述べている三項目の水質保全対策と因果関係があるのか。単なる季節的要因(農閑期、秋の少雨、水温の低下など)に過ぎないのではないか。政府の見解を示されたい。
- 調整池の水質保全のために本件事業予算からどの程度、どのような目的で出費したか、また、今後どの程度の出費を予定しているのか。
- 農水省は調整池の淡水化で近隣の塩害が防止できるとするが、その効果はどのようなものか。また、淡水化によって干拓地の塩抜きにどの程度の効果があるのか。さらに、干拓地の造成まで淡水化しないことによって、その後塩抜きのために余分にかかる費用はいくらか。
三 防災関連
- 長崎地方裁判所に係属中のいわゆる「自然の権利裁判」の証拠調手続において、現地干拓事務所長が、(1)排水効果について、本件潮受堤防は、普通程度の雨に対する自然排水すなわち「常時排水対策」を目的としたものであり、平成九年五月や同年七月のような大雨に対する排水効果を予想するものではなく、大雨による低地の湛水には効果がない、(2)洪水対策に関し、本件潮受堤防の洪水対策の効果は、低地地域に限定されるものである(結果として、洪水対策に関し、本件潮受堤防の洪水対策の効果は低地地域に限定される)旨の証言をしている。これは、現場の現職の最高責任者の裁判所での証言であるから、農水省(政府)の見解と理解してよいか。あらためて、(1)、(2)に対する政府の見解を示めされたい。
- 潮受け堤防の洪水、高潮対策の効果について、高潮と洪水の同時襲来を想定した防災効果であるから、その防災効果は、本明川上流四キロメートル付近までに限定されるのではないか。
- これまでの大雨に際し、調整池の水位をマイナス一メートルに保とうとしても、外潮位と降雨の程度の関係で水位が保てずに結局排水が予定したとおりにうまくいかなかったという事実は認めるか。これは、そもそも、もともと、洪水流量と高潮の水位に何の関連性もないのに、これを機械的、意図的に操作した結果ではないのか。さらに、地域によっては、潮受堤防が存在しなければ自然排水がうまくいっていたのに、排水門が極めて狭隘な潮受堤防によって、かえって、湛水被害を惹起した地域が相当面積ある事実は認めるか。
- 農水省が本件潮受堤防の設置により防災効果(排水、洪水対策)があったことの根拠とする二度の現地での大雨(平成九年五月、同年七月)による湛水被害に関し、それぞれ、いつ、どの地域に、どの範囲の面積の湛水被害が見られたか、現地から受けた報告の内容の詳細を明らかにされたい。さらに、その報告のもととなった報告者(名前、所属)、調査者(名前、所属)、調査日、調査時間帯、調査場所、観察方法などを明らかにされたい。これらの点については、民間の調査結果と農水省の発表内容が大幅に食い違っているために、これまで何度も農水省の発表の根拠を問うてきたものである。あらためて明確な回答を求める。
- 平成九年六月十八日提出の質問主意書に対する七月二十二日付け政府答弁書によると、本明川にかかる防災の責任者である建設省が、河川法にもとづく「工事基本計画」において、当該河川の洪水、高潮の発生防止目的を達成できるよう策定していることを明言している。これは、潮受堤防は防災に不必要であることを認めるものと理解してよいか。仮にそうでないとすると、それまでの建設省の防災計画に不備があったことにならないか。この点についての見解を問う。
答弁書では、潮受堤防の高潮に対する効果は認めているが、すでに、建設省で高潮対策を講じている以上、潮受堤防の設置は二重投資にならないか。また、高潮対策に関し、建設省と農水省で事前協議を行ったのか。その際の協議の内容を、協議の過程で作成された文書の内容を明らかにすることにより説明されたい。
- 有明海沿岸における高潮対策として、建設省により、広く海岸堤防(高潮堤防)、防潮水門、排水ポンプが築かれているが、有明海の最新の海岸堤防はどこに、いつ、どのような工法で建設されたか。また、その際のコストは一メートル当たりいくらであったか。工事費の費用負担割合を示されたい。
- 新干拓地(千六百四十七ha)のうち、調整池の管理水位マイナス一メートル以下になる土地の面積を明らかにするとともに、これを前提に、設置される予定の中央排水機場のポンプの排水能力(四四m/s)では一時間あたりどの位の降雨量に対し耐えられるかその計算結果を明かにされたい。
- 潮受け堤防の設計震度が〇、〇八四では、具体的にどの程度の震度に対して堤防は耐え得るか。干拓地が地震に弱いということを示す過去の事例(児島湾や八郎潟のケース)を承知しているか。そうであるとすると、なぜ、ことさらに、このような低い設計震度を設定したのか。高潮満潮時に地震で高潮堤防が決壊するとどのような事態が発生するか。そのような最悪の事態を予想したか、また、そのための対策を考慮したか。
- 一九七四年(昭和四十九年)三月策定の長崎県南部地域土地改良事業計画において、常時管理水位はEL(─)〇.八mとなっているが、常時管理水位を小潮平均干潮位と同程度とみれば、当時と現在とでは、常時管理水位基準を判定するうえで、その判断環境がどう変化したのか明らかにされたい。
また、現時点で、EL(―)〇.八mの常時管理水位とした場合のデメリット(例えば、自然排水困難地域が、何ヘクタール増加するかなど)を具体的に明らかにされたい。
四 農業関連問題
- 戦後の干拓事業にかかる干拓地(場所、完成時期、面積)をすべて挙げよ。また、それぞれについて、現況(酪農地、水田、畑作地、放棄地、転用地のそれぞれの面積)を明らかにされたい。
- この十年間で農地から宅地に転用された面積を、全国、長崎県、関係の市町につきそれぞれ明かにされたい。(十年間の資料がなければ、異なる期間のものでもよい。)
- 農水省は、将来の食糧危機に備えて本件干拓事業が必要であるというが、他方で2のように、自ら巨大な農地を消滅させている。この二つの矛盾する政策について、本件事業の根拠法である土地改良法に基づく同法施行令二条一号では、事業の必要性につき、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土壌、水利、その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業生産性の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためにその事業を必要とする」ことがその要件となっているが、近隣の優良農地の宅地への転用を認めず、また、現在の放棄地(干拓地の相当面積が放棄されている。)を有効に利用すれば、本件事業による農地造成はまったく必要ではないのではないか。にもかかわらず、本件事業は右要件を充足しているとするなら、その積極的理由を明らかにされたい。
- 前記施行令二条四号では、受益者農家の負担能力内の要件として、投資額と収益額を比較して十分に農業経営が成り立つことを挙げている。そこで、現時点の本件干拓地における各営農モデル(土地購入費、年間償還額、経費―土地改良費、設備投資額及び年間償還額、粗収入)を明かにされたい。この点については、中海干拓や羊角湾干拓地に関する営農モデルなどを参考にされたい。
以上の結果、現在も将来とも収支が合わないということが明らかな場合には、事業自体の続行が違法になるのではないか。その場合、事業をただちに中止すべきではないか。
五 財政問題
- 事業計画で挙げる災害防止効果(年間四十億四千万円)の「災害」の具体的中身は何か。予想される人損、物損、被害地域、地域ごとの具体的な被害内容などの項目を挙げ、具体的に説明されたい。
- 農水省の発表によると、潮受堤防建設の当初予算が四百四十億円のところが、完成時で千百九十億円と約二、七倍に膨らんでいる。このように予算が膨張した理由を工事内容、工法の変更、追加など具体的に明かにされたい。
- 内部堤防建設を含む「開畑工事等」の工事ごとの当初の細目(内堤防、干拓地造成費、排水機場、建設道路などの詳細)の予算と、完成時点での同予算を明かにされたい。
- 完成までの予算を二千三百七十億円に修正しているが、予算はこれ以上膨張することはないか。枠をはめることが可能か。可能ではないというのなら、潮受堤防建設で二、七倍にも予算を膨らませたように予算としての意味をなしていないのではないか。現在の技術的経済的要素を考慮して、今後必要とされる建設費はおおよそどの程度と見込んでいるのか。
- 土地改良法に基づく同法施行令二条三号では、経済性の要件を挙げ、投資効率を当該土地改良事業から生じる効用(農作物純収益額+維持管理費節減額+営農労力節減額)を{資本還元率×(一+建設利息費)}で除し、さらにこれを総事業費で求められることになっており、その効率係数は一以上でなければならない。そこで、本件事業策定時と現在時点での効率係数を計算式とともに明らかにせよ。投資効率が法定基準から大幅に下回ることがが明らかな場合には、事業の続行自体に社会的、経済的意味が失われ、なおもこれを続行することは違法になるのではないか。違法となる場合には、即刻事業を中止すべきではないか。
- 本件事業において、投資効率の算定にあたって、災害防止効果(防災機能に基づく)という外部経済的な要素を重視している(その効果は年間に四十億四千万円と算定している。)。しかし、干潟を喪失させることによって失われる干潟の浄化作用、漁業資源、鳥類や底生生物などの環境資源、干潟の持つ観光資源などが全く考慮されていない。これは常識に反するし、法の趣旨(前記施行令二条一号)にも反するのではないか。あえて、これらの外部不経済を無視した理由は何か。仮に、このようなやり方が政府の決めたこと(農業農村整備計画作成便覧第四版)にもとづくものであるとするなら、そのような方法を変更することを検討すべきではないか。
六 国際条約関係
- 本件事業に係るラムサール事務局に対する日本政府の英文報告書の中で、(1)本件干拓事業によって失われる干潟は、諫早湾に重要な地域(SUBSTANCIAL
AREA)の内の三分の一に過ぎず、その他の地域には手をつけない、(2)潮受堤防の前面の有明海で捕獲されるムツゴロウの数は増えている、(3)有明海の佐賀県側の既存堤防の前面では、毎年四十ヘクタールの干潟の成長があるとの報告がなされている、との報告がそれぞれなされている。これらの報告内容はすべて真実か。また、真実だとすると、これらの報告の根拠となった資料をすべて、それぞれについて明かにされたい。
- これまでの政府の答弁によると、本件事業に伴う環境アセスメントに際し、ラムサール条約や世界遺産条約自体、および、これらに関連する環境アセスメントにかかる諸ガイドラインを全く考慮した跡がない。このような政府の政策は、各条約締結国としての責任を放棄したものといえないか。そのようなガイドラインを全く無視してよいという国際法上、ないし国内法上の根拠があればそれを述べよ。
七 干潟の賢明な利用について
- すでに佐賀県の干拓事業は熊本県羊角湾干拓に続いて中止の方向になったが、諫早でも防災効果(洪水、常時排水対策)を発揮しないこと、かえって、上流ダムと低地の排水ポンプの効果的な設置でこれらの防災対策は十分に可能なこと、また、高潮被害に対して、他の有明海沿岸で行われているのと同様の海岸堤防で比較的安価に対応できること、さらに、造成農地についても収支が合わず多くの入植者が望めないことが、それぞれ明らかな状況になった時に、政府として本件事業を中止するべきであるが、その事を明らかにされたい。土地改良法に基づく事業を中止することが法的に困難な理由はあるか。また、その中止した例は存在するか。中止した場合にどのような点が問題となるか、具体的に列記されたい。
- 排水門の操作を天候の変化を事前に予知しながら適切に行い、排水対策や高潮対策を講じながら、水質浄化のためにとりあえず潮を入れることを検討するべきではないか。
- 民間の研究で、潮を入れた場合でも、農水省が水門を開けない理由に挙げているガタの巻上やミオ筋への土砂の堆積を回避する方法があることが判明している。農水省として、この民間の研究方法に異論があれば、その根拠を示されたい。また、諫早干拓事業の継続によって、水質保全のために民間に余分な負担を強いたり、予算措置を講じたりするよりも、このような賢明な方法を民間と共同で検討するべきではないか。見解を求める。
- 当初予定の干拓地の面積を大幅に縮小して、いわゆる地先干拓として一定の干拓農地を確保するとともに、干潟も相当部分を残し、干拓地の農業用水も調整池からではなく別途これを確保して、潮受堤防を全面開放するというように現在の事業内容の変更をすることは、土地改良法の枠内で可能か。このように事業内容の変更を行うに伴って生じる問題として考えられるものはどういう事柄か。
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