農水省の10月29日付け水質資料と
発表コメントについて
安東 毅(九州大学名誉教授)
1.当該調整池の水質についての、『最近では、環境影響評価の目標値(平成12年目標)に近い水準で推移している』との農水省のコメントは、同時に公表された水質データから、本明川河口域(P1)を除いては異論はなく、一時的であれ好ましい傾向ではある。
ただ、ある水系の水質状況は、その農水省コメントにも『天候等の影響もあり』とあるように四季の気候変動がかなりある日本などでは、少なくとも1年間の水質の推移をみた後でなければ、本来は断定的な見解は出せないはずである。水田耕作が終わり水温も下がる秋後半に、このように水質が一時的にある程度好転することは当然に予測されていることである。問題は、来年の初夏から秋口までの水質変化で、その点、農水省の今回のコメントには"勇み足"の感を禁じえない。
2.10月になって、本明川河口域(P1)を除く調整池の水質が若干よくなってきている主な原因として、以下の4点が推論される。
(1)硝酸性チッソ(NO3−N)の濃度の最近の減少などから、水田よりの農業排水の調整池への流入が時期的に無くなり、水田からのCODと全チッソなど栄養塩類の池への流入負荷が減少したこと。
(2)秋が深まるにつれ池内の水温が下がると、干出した干拓地にある動植物遺体の腐敗分解速度や、また、富栄養化による植物プランクトンの増殖速度などが一般に低下するため、水質汚濁を引き起こす有機物の池での内部生産量が減少したため。
(3)今年は、10月の降水(雨)量が平年に比べて異常に少なく、その結果、山林や平地道路等(ノンポイント汚染源)から降水により洗い流される、有機物など水質汚濁物の、この調整池への負荷量が一時的に少なくなっていること。特に、この調整池への汚濁物の最大の供給河川である本明川の10月の小雨に起因する、その流入負荷量の減少による寄与は大きいであろう。
(4) P1地点以外の池内の4監視点における塩素イオン濃度が、10月に入るや再び4,000pp
mを超え、しかも月末には5,000ppm近くまでになっている。
以前に私たちは、「池内の塩素イオン濃度が2,000〜4,000ppmの間を今後暫くは上下する」との予測見解を発表してはいた。しかし、この10月の塩素イオン濃度の予想外に高い値は、何らかの理由で外海水が水門を通してこの池へ流入したのではないか、とも解せられる。
もし、そのような外海水の池内への流入が農水省によりなされていたならば、かなり水域閉鎖性が高い調整池ではあるが、そのことによる水質の一時的な好転は当然にあり得る。
【まとめ】
以上の考えられる水質好転の原因のうち(4)を除く他は、季節的や一時的な気象要因に基づくものであり、調整池背後地域での汚濁物質や栄養塩類に関わる負荷量削減策が今後早急に行われない限り、年末を除けば来春以降、再び池内の水質汚濁は甚だしくなると思われる。
なお、上述した"水質好転"とは、「平成12年を目標年とする環境影響評価の目標値と比べて、その目標値レベルにほぼ達しつつある」というだけの意味である。他方、この池の水面は、現在でも諫早市や森山町などの多くの住民にとっては、大切な自然環境の一つとしての公共水面でもある。そのような住民のアメニティーなどに関わる水系環境としては、CODで5ppm前後、BODに換算しておおよそ10ppm程度の水質は、許容できる最低レベルの水質に過ぎない。その水質を、少なくともCOD値で3ppm(BODで5ppm)程度までに改善することが本来は必要で、それは国の機関である農水省に課せられた責務でもある。