諫干見直しに対する環境NGOからの5つの提言

 WWFジャパン、日本自然保護協会、日本野鳥の会の3つの環境保護団体は、2001年9月7日に農水大臣に対して、以下の「5つの提言」を提出しました。再評価第三者委員会の見直し答申が出されてからの事業縮小が取りざたされていますが、西工区を農地にすること自体を中止すべきであり、有明海全体の環境回復のためには、将来的には潮受堤防の撤去も視野に入れた検討をすべきことをアピールしています。



                                  2001年9月7日

農林水産大臣 武部 勤 殿

諫早湾干拓事業の見直しに対する環境NGOからの5つの提言

                    財団法人 世界自然保護基金ジャパン
                    財団法人 日本自然保護協会
                    財団法人 日本野鳥の会

 拝啓 秋涼の候、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。
 さて、8月28日の談話において、貴職は、諫早湾干拓事業を「自然と共生する環境創造型の農業農村整備事業」の先駆的な取り組みにしたい、と述べられ、事業の見直し方針を明らかにされました。この方針転換に私たちは大きな期待を寄せています。

 今後、事業の総合的な検討を関係自治体などと進めて行かれることと存じますが、「自然と共生する環境創造型」の事業見直しという視点に立ち、環境保護団体の立場から、下記の5点につき提言申し上げますので、是非ともご考慮の程よろしくお願い致します。                                      敬具

                   記

1.「環境への配慮」としては、諫早湾内での干潟生態系の復活を最重点とすること

 私たちは、諫早湾干拓事業によって3,550haにも及ぶ広大で生物の多様性に富んだ干潟・浅海域生態系が失われたことこそが事業の最大の問題点であり、諫早湾のみならず有明海の自然環境を大きく損なうものであると考え、これまでも事業の根本的な見直しによる諫早湾干潟の復活こそが緊急の課題であると訴えてきました。
 昨年冬からのノリ不作の深刻化を受けて設置された、有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会でも、「有明海異変」と称される環境悪化の原因として、諫早湾をはじめとした干潟の減少が重要な問題だと指摘されています。また、先の国営事業再評価第三者委員会でも、干潟の喪失が事業の外部不経済として計算されていない、との問題提起がなされました。
 今回の大臣談話では、事業見直しの4つの視点の中に「環境への一層の配慮」が位置づけられ、事業を「環境創造型」に転換するとの方向が打ち出されました。しかし、私たちは、これまで農水省が、諫早湾干拓によって干潟生態系を消滅させながら、「潮受堤防内部に、新たに淡水の生態系が創出される」として、それがあたかも事業の効果であるかのように説明してきたことを忘れていません。この様な、本来あるべき生態系を考慮しない「環境創造」は、環境保全に逆行するものです。事業見直しにおける環境への配慮は、かつての豊かな干潟生態系を復活させるものでなければなりません。

2.西工区についても農地造成をさらに見直し、干潟の復活を基本とした土地利用とすること

 事業見直しの方向について、既に干陸化している西工区は農地として整備し、東工区部分の農地造成のみを中止する方向が取りざたされていますが、再評価第三者委員会で指摘された営農計画についての問題点は、事業を西工区のみに縮小しても解決されません。
 すなわち、調整池の水質改善が難しく農業用水としての利用に適さないこと、入植者の費用負担が過大であること、しかも、営農計画の収穫見込みは「いずれそのレベルに達するものと思われる」水準で、当面は計画通りの収穫を見込めないことなど、営農計画の根幹に関わる問題は、西工区だけを農地にする場合にも同様に発生します。このように、営農計画の見通しの立たない西工区を現計画通りに整備することは、甚だ疑問です。
 西工区部分は、かつて諫早湾干潟の中心だった場所であり、地盤の低い東工区部分よりもむしろ干潟としての復活が期待されます。報道などを含め、西工区部分は既に農地として造成済みとの認識がありますが、実際には、暗渠排水設備の設置などによる除塩が進められている途上であり、かつての干潟が乾燥し、雑草が生えている状況に過ぎません。海水を導入すれば、干潟生態系の回復が可能であることは、多くの研究者が指摘していることであり、私たちは、西工区部分こそ、干潟の復活を基本とした土地利用を検討すべきだと考えます。
 西工区部分を干潟として有効利用することは、有明海の水質改善に役立つばかりか、水産資源の生産性を高めることにもつながり、有明海全体を含めた水産業の振興にも資することが期待されます。また、シギ・チドリ類など東アジアからオーストラリア地域を行き来する渡り鳥の中継地・越冬地として重要な諫早湾の価値を復活させ、環境保全における日本の国際的な信頼感を回復することにもつながります。

3.潮受堤防排水門の拡幅・増設等による海水交換の促進を積極的に検討すること

 潮受堤防内部の干潟再生をより効果的に進めるためには、排水門の部分的開放では不十分であり、排水門を常時開放して、大量の海水を交換させることが不可欠です。
 最近の日本自然保護協会の調査により、潮受堤防外側の諫早湾内から有明海にかけて貧酸素水塊が大規模に発生していることが明らかになりましたが、その原因の一つは、諫早湾内の潮流が弱まり、海水の攪拌能力が減少したことだと考えられます。さらに、潮受堤防で諫早湾を閉め切ったこと自体が、有明海全体の潮汐運動を弱め、干満差を減少させ、このため有明海全域にわたって干潟が減少したと指摘する研究者もいます。このように、潮受堤防により諫早湾が締め切られ、海水の交換が遮断されたことが、諫早湾・有明海の環境悪化の原因であるとして注目されています。
 これらの問題解決のためには、潮受堤防の建設前と同程度の海水を導入することが必要です。それには現在の排水門(全長7kmの潮受堤防に対し、幅わずか250m)を通じた海水交換だけでは限界があります。排水門の拡幅・増設により、潮受堤防内外の海水交換を高めることを積極的に検討し、それが不可能である場合には潮受堤防の撤去も視野に入れて検討を行うことが必要です。

4.干潟再生・水門開放調査と両立する防災対策を早急に実施すること

 諫早湾干拓事業への地元の期待は、主に防災機能の強化であると私たちは認識しており、その必要性も十分理解しています。
 事業の見直しに当たっては、先に述べた干潟生態系の復活を中心とする環境への配慮と、地域の防災機能の強化を両立させるべきであり、それは可能です。既に、有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会では、潮受堤防の水門を開放して調査することが決まっており、その前提として、地域の防災機能を補うことが必要とされています。
 水門開放調査は来年4月以降とされていますが、必要な防災対策を早急に実施することが、水門開放調査を有効に進めるためにも、また事業の見直しによる干潟生態系の復活を急ぐためにも極めて重要です。

5.事業見直しの総合的な検討に市民や専門家の意見を広く採り入れること

 今回、国営事業再評価第三者委員会が、詳細な議事録を迅速に公開したため、委員会での議論の様子を一般市民が知ることができ、議論の内容に合わせて、市民側から情報提供を行い、問題提起をすることが可能となりました。また、この第三者委員会では、市民が研究者の協力を受けてまとめた『市民による諫早干拓「時のアセス」』報告書による問題提起が議論の中でたびたび引用され、一般市民や研究者の情報提供・問題提起が有効であり、必要であることが認められました。
 農水省では既に、様々な政策検討過程において、情報公開やパブリックコメントの機会確保が進められています。諫早湾干拓事業見直しの検討に当たっても、その過程を地元住民、有明海沿岸漁業者、一般市民、研究者などに広く公開し、かつ多くの関係者が、検討作業に参画できるような場を設けるべきです。

以 上


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