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「因果関係を認めるか、調査実施か」
漁民・市民ネットが2回目の緊急声明

 有明海漁民・市民ネットワークは4月30日に、中・長期開門調査見送り方針の撤回を求める2回目の声明を発表しました。


農林水産大臣 亀井善之殿

2004年4月30日
有明海漁民・市民ネットワーク
代表 松藤文豪

中・長期開門調査見送り方針の撤回を求める緊急声明(2)

 去る3月30日に私たちの代表は、ごく短時間だが大臣にお会いして直接有明海の現状を訴えたが、その際に大臣から「今年の海苔はとれたんでしょう」という思いもかけない言葉を聞くことになった。大臣には是非とも正しい情報に基づいて、有明海百年の計を誤らないご判断をして頂きたいと思う。
 
1)1997年以降の「有明海異変」の原因が諫早湾干拓事業にあることは、現場の漁業者にとっては既に明々白々のことである。一例のみを挙げる。
 下表は今期(昨年秋〜本年春)のノリ漁期中における有明海各地の栄養塩とプランクトン沈殿量である(福岡県水産海洋技術センター有明海研究所、佐賀県有明水産振興センター、長崎県総合水産試験場、熊本県水産研究センターが毎週1〜2回の頻度で観測した結果を我々が観測地点ごとに平均した)。栄養塩(溶存態無機窒素 DIN)レベルが7.0μg-at/Lを割り込むとノリの色落ちが発生するが、多くの地点で基準を割り込む低栄養塩状態となっているので、ノリ生産に今期も被害が生じ続けていることを否定することはできない。中でも諫早湾内の栄養塩が最も低くプランクトン量が最大であるのが一目瞭然である。

有明海の栄養塩とプランクトン沈殿量(03/10/6〜04/3/15の平均)

観測者 場所 15年度DIN 15年度PL
4県共同 St.A 諌早湾奥部 2.126 2.829
  St.B 諌早湾央部 2.295 1.643
  St.C 諌早湾口部 3.737 1.090
  St.D 有明海中央部 4.571 0.929
  St.E 三池港沖 4.750 0.795
佐賀県 タカツ観測塔 8.279 0.422
  六角川観測塔 13.620 0.372
  沖神瀬沖 3.875 0.911
  428号鋼管 5.565 2.117
福岡県 有区4号 11.781 0.810
  ひゃっかん 5.390 0.595
  有区38号 7.052 0.586
長崎県 土黒ベタ 2.718 1.459
  湯江ベタ 4.461 2.500
  大三東ベタ 4.406 0.939
熊本県 大浜支柱 8.810 -
  大浜ベタ 4.230 -
  松尾支柱 11.363 -
  松尾ベタ 5.200 -
  網田支柱 12.870 -
  網田ベタ 7.015 -

西海区水産研究所 http://www.snf.affrc.go.jp/ 掲載の
「海況情報」から有明海漁民・市民ネットワークが集計

 諫早湾がこのように栄養塩の少ない海になったのはなぜなのか。第一には、調整池は慢性赤潮状態にあるため、淡水プランクトンに栄養塩を奪われた調整池水とプランクトンの死骸などの有機物が、そのまま大量に諫早湾に排出され続けていることだ。かつては干潟の底生生物が有機物を分解していたので、諫早湾では全窒素のうちでも海水に溶け込む溶存態窒素が豊富だったはずだが、今や全窒素の大半を懸濁態窒素が占めて、海底に沈んで底質を悪化させリンを溶出させたりプランクトンに姿を変えてしまっている。第二には、諫早湾内では潮受け堤防のために潮流が平均5割も減少し終始淀んでいるが、そこに降雨があり栄養塩を豊富に含んだ筑後川などの河川水が湾内に流入すると、植物プランクトンが増殖し赤潮が頻発して栄養塩を枯渇させてしまうようになった。このため諫早湾は有明海で最もプランクトン沈殿量が多く、栄養塩の少ない海域へと変貌を遂げてしまったのだ。
 かつてはノリが消費する栄養塩豊富な諫早湾の海水が流れ着く地区では、良質なノリが採れていた。今では湾内から表層水で運ばれてくるのは、低栄養塩水やプランクトンばかりなので、諫早湾はすっかり有明海の嫌われものになってしまった。諫早干拓が有明海のノリ被害に無関係などとどうして言えるだろうか。しかも干拓事業は諫早湾だけでなく、有明海の潮流までをも鈍化させたとすれば、有明海でも底質が悪化しプランクトンが増殖するのは当然のことである。
 こうしたデータやメカニズム論が誤りだというなら、農水省はそれを無視するのではなく、私たちに真正面から科学的に反論し、諫早湾や有明海破壊の原因についての農水省の見解を積極的に示すべきである。そうした科学論争や建設的議論もないままに、工事再開問題や開門調査問題のように、一方的に行政判断が積み重ねられていってしまっては、問答無用の前近代的行政だとの誹りを免れない。

2)農水省が上記因果関係を率直に認め、直ちに堤防撤去による潮流と干潟の復元を図ると約束するのであれば、私たちは中長期開門調査を実施しなくてよいとここに言明する。しかし、どうしても因果関係を認めないと主張するならば、やはり中長期開門調査を実施して、上記事象が諫早の堤防に起因しているかどうかを環境省の評価委員会などの第三者に判定を委ねるしか解決の方法はないではないか。
 一方では有明海再生の展望を示さず問題を曖昧なままに放置し、他方ではその根本原因である干拓事業の2006年度完成は「関係者間で合意済み」などという傲慢な姿勢は絶対に許せない。そうした「合意」は、少なくとも有明海の現場で毎日漁に勤しむ私たちは一切関知しておらず無効である。どういう方々がどういう資格で「合意文書」に署名したのかを、文書を示してご説明願いたい。
 常時全開を前提とした中長期開門調査が実施されるなら、ポンプの増設など一定の対策が不可避であろうが、それこそが背後地農民が永年真に切望してきた防災対策である。干拓を望む長崎県の「地元の声」とは、中身が何であれ土木工事一般がほしいだけの一部建設業者の声でしかない。

3)27日の会見で農相は再度「調査にともなう新たな漁業被害」を見送りの主な理由として挙げた。短期開門調査時のように、湾内漁業者に「被害」が生じて再び数千万円の「補償」をする事態になることを恐れているのだろうか。しかしあのアサリ「被害」が、開門調査に起因することを窺わせるデータは全く示されていない。他方では有明海の漁獲被害額は年数百億円単位の問題なのであって、漁業者が数千万円の被害を恐れて、開門調査を断念できるはずもないことを、農相が理解していないわけもなかろう。
 そうすると農相は、有明海に回復不能な大規模な被害が生じるという何かの根拠があって、私たち漁業者と有明海を心底心配してくれているのだろうか。そうであればその根拠を具体的に説明して欲しい。4月26日付け緊急声明(1)で私たちが提案したように、「慎重な開門操作」を行った結果として、それでもなおかつ漁業被害が出てしまったという真にやむを得ない場合は、私たちはその被害はこれを甘受するつもりである。であれば、もはや農水省は「調査にともなう新たな漁業被害」を理由に、中長期開門調査を見送ることは出来ないはずだ。

4)こうして農水省が安心して開門を決断し、1〜2週間程度の「慎重な開門操作」後に常時全開の状態になれば、湾内では目に見えて、有明海でさえも一定程度の潮流は変化するのである。短期開門時のように調査網を湾内だけに限るのではなく、今度こそ有明海にも広く敷いておけば容易に確認できることだし、短期開門調査時に現れた潮目も再び現れるだろう。こうした事象を自ら確認してもなお、農水省は諫干が有明海の流動に影響を与えていないと言い逃れ、裸の王様となって国民の失笑を買うつもりなのだろうか。
 また調整池内は、短期開門調査時のような凝集効果と希釈効果による浄化に加えて、時間の経過とともに干潟とベントスによる浄化も行われるから、CODも徐々に改善されていくだろう。したがって湾内で頻発している貧酸素水塊や赤潮も長期的には減少傾向に向かうことが期待できるし、この結果有明海の環境や漁業の衰退に歯止めがかかる可能性すらある。また既に上記の表のように「閉門調査」時のデータは蓄積されつつあるから、今後は「開門調査」時の諸データと比較するだけで因果関係の存在証明は素人でさえ可能なほど容易になる。こうした検証こそが「中長期開門調査で得られる成果」であり本来の目的なのであって、「調査で得られる成果がない」などという御用学者や農水省の言い分には、「因果関係を認めざるを得なくなるから調査はしたくない」という本音が透けて見えると言わざるを得ない。

5)去る27日の会見で亀井農相は、中長期開門調査を見送る代わりに有明海再生の「代替策」を検討するように命じたとも報道されている。今回と同じような予算措置を伴う「再生策」は、一昨年の「有明海特措法」制定をめぐっても行われたが、当時既に考えうるあらゆる対策がとられたはずではなかったのか。ただ一点、根本原因=諫干問題の解決を除いては。諫干問題を無視していかなる小手先の対策、対症療法をもってしても有明海が再生しないことは、特措法で証明済みであり、予算の無駄遣いである。覆砂や海底耕耘を行っても3年で元の木阿弥になることは、かつては特措法制定を望んでいた漁協・漁連までをも含め、今や有明海全漁業者の常識となっている。私たちは、その場凌ぎの彌縫策と引き換えに中長期開門調査を断念するわけにはいかないのだ。

 以上のように農水省がとるべき道は、直ちに因果関係を認めて真の再生策へと政策を大転換するか、それとも中長期開門調査を決断するかのいずれか以外にはあり得ない。さもなくば有明海の漁業は果てしない衰退を続けることになるが、その責任は挙げて農水省・亀井大臣にあることを肝に銘じるべきである。
 なお最終判断を発表される少なくとも2週間前までに、私たちの緊急声明に対する農水省の具体的見解を文書で送付されるよう切望する。

以上


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