シエラクラブが諫早干潟の再生を首相に要請
米国の環境保護団体であるシエラクラブは2002年9月18日、諫早湾干拓事業の前面堤防工事着工を憂慮し、干潟の再生を求める小泉首相と武部農林水産大臣宛の要請文を、サンフランシスコの日本総領事館に手渡しました。
この要請は、世界自然保護基金ジャパンなどが行っている有明海再生を求める緊急アクションの呼びかけに応えたもので、諫早湾干拓問題に関してシエラクラブがこのような要請を行うことは、今回が初めてのことです。シエラクラブでは19日にファックスで直接首相官邸宛にも送信するとしています。
要請文の中で、シエラクラブ代表のカール・ポープ氏は、諫早湾干拓事業の前面堤防工事に対して強い憂慮の念を表明し、同様の問題の解決に長年取り組んできたシエラクラブの経験から、干潟の回復が最善の選択であるとして、情報公開や住民、漁業者との民主的な協議を行いながら、干潟の再生を進めることなどを求めています。(要請文本文は下記参照)
シエラクラブは会員数75万人の米国内で最も大きな環境保護団体で、世界的に大きな影響力を持つ環境NGOであるだけに、今回の要請は日本政府にとって無視することのできない重い意味を持つものであると言えます。
1997年の諫早湾閉め切りでは、海外の自然保護団体からも多くの批判が寄せられ、1998年には諫早湾干潟の保全に長年取り組んできた故・山下弘文氏(前・日本湿地ネットワーク/諫早干潟緊急救済本部代表)が、環境保護のノーベル賞とも言えるゴールドマン環境賞を受賞しました。
また、今年11月にスペインのバレンシアで行われるラムサール条約締約国会議では、諫早湾干潟と同様に国内有数の野鳥の飛来地である愛知県の藤前干潟が条約登録湿地として指定される予定です。
今回のシエラクラブの要請や藤前干潟のラムサール条約登録を契機に、諫早干潟の再生を求める海外からの声が再び高まることが予想されます。私たちは世界中から寄せられている諫早湾干潟の再生の願いを実現するために、こうした海外の組織とも連携を深めながら、今後も活動を続けていく所存です。
<今回のシエラクラブの要請についてのコメント>
●花輪伸一・WWFジャパン自然保護室主任のコメント
- 諫早湾干拓事業は、地球環境上の大きな問題として、世界的に知られている。アメリカ合衆国最大手の環境団体であるシエラ・クラブの意見書は、前面堤防工事への憂慮を伝え、科学的な見地から、干潟の再生、ノリ第三者委員会提言の実行を、日本政府に対して強く求めている。今や、有明海異変の主原因となった諫早湾干拓事業に対して、世界の環境NGOが批判的な意見を持っている。8月上旬にWWFジャパンなどが呼びかけた「有明海再生のための緊急声明」には、世界の79か国、1541人、38団体、国内から3000人近い賛同が寄せられた。日本政府は、これらの批判を謙虚に受けとめ、諫早湾干拓事業を中止して、干潟の再生を図るべきである。
●辻 淳夫・日本湿地ネットワーク代表(藤前干潟を守る会)のコメント
- 「世界は決して諫早を忘れてはいません」という重いメッセージと受け取った。事業再開は「道理」を断ち切る行為という、日本政府への厳しい指摘を感謝しながら、日本人の一人として恥ずかしく思う。
諫早の復元を考えない「自然再生」はありえないし、漁民だけでなく、市民の問題であり、日本国民の問題として、干潟の復元を実現させたい。藤前が示したように、本気でやろうとすれば必ずできると信じている。
<シエラクラブからの要請文>
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内閣総理大臣閣下ならびに農林水産大臣閣下
米国において最も長い歴史をもち、かつ75万人の会員を有する最も大きい非政府環境保護団体であるシエラクラブを代表して、私は諌早湾前面堤防事業に関する工事再開に対するシエラクラブの憂慮を両閣下に緊急にお伝えしようと願うものです。この事業には世界の科学者の間で多くの重要な生態学的な警告が提起されているということにご留意いただきたいのです。
科学者の間では、諫早湾が、以前、日本最大のシギ・チドリ渡来地であったこと、そして、アジアにおける国際的な渡りと、国境を越えたシギ・チドリたちの渡り経路にとって非常に重要な生息地となる可能性をもつことが知られています。もし適切に再生がなされれば、諫早湾は再び極めて重要なシギ・チドリ類の生息地となれることを多くの人々が信じています。干潟湿地は、北アジア(日本のみならず、韓国や中国など)地域の湿地タイプのうち、最も危機に瀕した湿地タイプの一つであることはご承知の通りです。
シエラクラブは、有明海のノリ養殖の不作問題を検討するため日本政府自ら設置した委員会が、有明海における環境変化の要因を究明する調査をするよう勧告したと聞いております。諫早湾事業は不作の一要因と疑われている事業そのものであり、この勧告に照らせば、全調査の完了以前に工事を再開する合理性には、科学的にも、経済的にも疑問が生じます。
シエラクラブはその100年の保全と自然保護運動の歴史を通じ、また特に米国の大きな湿地保全運動を推進する中で、この諫早湾で起こっているような問題を数多く経験してきました。これらの経験から、環境の健全さと持続可能性を長期にわたって保つ視点からすれば、諫早湾干潟の再生という姿勢を明確にすることが科学的にも、生態学的にもほぼ間違いなく最良の選択であると謹んで提言いたします。
私たちはまた、それらの経験から、このような事業の計画や管理に地域の市民や漁民が直接、かつ民主的に関与することで最良の結果が通例として実現されることも学んできました。さまざまな情報源を通して私たちは、情報開示の欠如と市民参加の不適切さのために諫早事業が損なわれていると聞いております。このことが正しいとすれば、市民社会の健全な働きは損なわれるでしょう。
この手紙の受け取りのご確認と、お伝えした深刻な問題についてのご意見を聞かせていただければ幸甚です。
ご留意感謝いたします。
敬具
シエラクラブ
常任理事
カール・ポープ
(原文)
Esteemed Mr. Prime Minister and Mr. Minister of Agriculture:
On behalf of the Sierra Club -- the oldest and largest non-governmental
environmental organization in the United States with 750,000 members --
I wish to bring to your Excellencies' urgent attention the Club's serious concern about the reported resumption of construction on the Front Dike project in Isahaya Bay. This project has raised a number of significant ecological warning signals to the international scientific community which we hope sincerely you will heed.
Scientists know Isahaya Bay as formerly the largest shorebird site in Japan, a very significant potential habitat for international migration and cross-border shorebird flyways in Asia. Many believe that the Bay could once again be a very significant shorebird site if properly restored. As you know, tidal flat wetlands in north Asia (e.g. in Korea and China as well as Japan) are among the most threatened wetland types in the region.
Sierra Club understands that the Japanese Government's own committee set up to study the issue of declines in seaweed aquaculture in the Ariake Sea has recommended surveys to clarify factors causing major environmental change there. In light of this recommendation, scientific and economic questions logically arise whether it makes sense to resume construction on the Isahaya Bay project, a suspected factor in said decline, before thorough surveys are completed.
The Sierra Club, during its 100-year history of conservation and nature protection in the United States, especially as a leader in America's large wetland conservation movement, has abundant experience with problems like those posed at Isahaya Bay. This experience inclines us to suggest respectfully that a clear commitment to restoration of Isahaya Bay's tidal flats will arguably be the best scientific and ecological option from the standpoint of long term environmental health and sustainability.
Our experience also teaches that the best outcomes usually are realized through direct, democratic involvement of local citizens and fishermen in planning and managing such projects. We understand from a variety of sources that a lack of release of information and inadequate citizen participation appear to be tainting the Isahaya project which, if so, would be inconsistent with the healthy operation of civil society.
Excellencies, the Sierra Club would be very grateful if you would confirm receipt of this letter and share with us your views about the serious matters we raise.
Thanking you for your kind attention ...
Most Respectfully,
Carl Pope
Executive Director
Sierra Club
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