池田柊月(東京事務所ボランティア)

 今回は、東京は下町育ちの私のエピソードです。品川区の武蔵小山は、商店と長屋の密集地。家に来る行商人から買う魚は、江戸前と呼ばれる東京湾ものか、銚子からの遠洋ものでした。今でも、スーパーマーケットには千葉の木更津産のアサリが売られていますが、ハマグリのように大きな1960年代のそれがとても懐かしく思い出されます。 そんな下町では、自然に触れる機会といえば休日に限られていて、私は家族で行った千葉の谷津干潟での潮干狩り・海水浴には夢中で遊んでいました。イソギンチャクを踏んで歩いた感触は、今でも足の裏に残っています。

 1970年代に入り、生活の場を谷津干潟の隣の幕張に移し、放課後は貝殻集めやハゼ釣りで過ごした幾つかの夏の後、富士山が見える水平線が地平線になるまでの数年間、干潟のいきものは、私の環境教育の先生だったのかも知れません。 

 *イサハヤ干潟通信第5号より転載*


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