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農水大臣開門調査見送り理由の4つのウソ
―中長期開門調査の実現こそ有明海再生の第一歩!―

2004年6月 有明再生全国ネット

 農水省は去る5月11日に中長期開門調査を見送るという判断を行った際に、「有明海の漁業関係者の皆様へ」と題する説明文書を公表しました。その中の亀井大臣名の文章は「関係者の皆様のご理解とご協力をお願いいたします」と結ばれています。しかし私たちは、このような開門見送り方針に「理解と協力」ができるでしょうか。あくまでも「お金の問題ではない、ただ宝の海を返してほしいだけ」「海の再生こそが漁連が求めてきたセーフティーネット(経営安定策)の基本である」という立場を貫いて、今後とも粘り強く中長期開門調査の実現を目指していくべきだと考えます。

1.「開門調査はノリ漁を含めた漁業環境に影響を及ぼす」
   というウソ

 農水省は「調査を行うことにより新たな被害を生じるような事態」として、調整池内外のガタ土がえぐられて30日後には熊本沖に接近するというシミュレーション結果を公表しています。しかし、これは机上の空論です。開門すると確かに排水門のごく近くでは速い流れが生じますが、シミュレーション結果によればその速い流れで生じるとされる3メートルもの洗掘は、およそ10日間で止まってしまいます。しかも実際には、洗掘つまりガタ土がえぐられないように水門の前後には数百メートルにわたって立派な護床工や捨て石工などの設備が既に設置されています。農水省が行った洗掘や濁り拡散のシミュレーションでは、こうした既存設備が速い流速で破壊されるとしての撤去、もしくは最初からその存在自体を無視し、「水門周辺はガタ土である」との不自然な前提に基づいた計算を行って、意図的に「潮受け堤防さえが破壊される」とか「新たな漁業被害が出る」かのように見せかけた疑いがあります。

 しかし洗掘や巻き上げによって当初は大量の濁りが発生するとしても、短期開門の際に農水省が実際に行ったように、開門直後だけは徐々に海水を入れて徐々に排水するという慎重な水門操作を行えば、調整池内の底泥の巻き上げや濁りは最小限に抑えることが可能です。濁りが収まってから常時全開にすれば濁りは湾内の狭い範囲で沈降してしまいます。ところがこのシミュレーションでは、開門当初からの常時全開を想定し、わざと最大限の濁りが発生するように仕組まれていました。また農水省の計算では熊本沖に達するはずの「ガタ土」とは、通常の海域の数値と変わらない濁り(SS 5〜10mg/L)でしかなかったという嘘も暴露されています。

 ですから農水省のシミュレーションによって分かったことは、大臣判断とは逆に「開門しても新たな漁業被害は出ない」ということです。漁業被害が出ないのですから、そのための対策工事や準備期間も、農水省が言うような3年とか630億円とかではなく、必要最小限で済むはずです。

2.「開門調査の準備に6年かかる」というウソ

 農水省は「調査の結論を出すまでには少なくとも10年程度の期間が必要になる」としています。環境影響評価に3年、対策工事に3年、その後開門調査に3年、結果のとりまとめに1年かかるという説明です。問題は開門までの準備に要するとされる6年が本当に必要かどうかです。

 「開門調査の場合は環境影響評価法に該当する条項はないのではないか」という私たちの質問に対して、農水省は「環境影響評価法が適用されることはない」と明言しました。もし法律を適用すれば評価書の作成まで確かに通例3年はかかりますが、しかし法による評価書の作成は必要ありませんし、しかも常時全開を行った場合の言わば「架空の最悪ケース」でのシミュレーションを使って念入りに検討しているのですから、すでに影響評価は済んでいることになります。

 その結果分かったことは、護床工が破壊されるという不自然な前提に立たない限り、農水省の想定するような調整池の浚渫工事や洗掘対策のための大工事が必要となる可能性は少ない、ということでした。もし常時全開時に洗掘が生じるとされる秒速1.6メートルを越える範囲(水門周辺数百メートル)で捨て石工が未実施の区域があれば、そこに転石工(ゴロ石を投げ捨てる工事)を行うだけでガタ土の流出は防げます。また新干拓地背後の排水不良に備えるために、ポンプの設置などが必要になりますが、農水省は短期開門調査の際には1週間ほどでその準備を整えた実績があります。

 したがって技術的には、環境影響評価や対策工事に6年もかかるわけがなく、中長期開門調査も短期間のうちに実施にこぎ着けることが可能です。あとは農水省の「やる気」の問題だけだったのです。

3.「開門調査の成果が明らかでない」というウソ

 97年の閉め切り後、調整池水質は年々悪化の一途をたどっています。河川水を数十日もせき止めておけば、花瓶の水道水ですら数日で腐り出すように、水質は必ず悪くなります。このため最近の調整池ではプランクトンが慢性的に異常増殖を繰り返して栄養塩を奪っていますから、諫早湾の海水は閉め切り以降年々栄養塩が減少し(図1参照)、今では有明海で最も少ない海域になってしまっています。湾内水の直撃を受ける佐賀県南西部や対岸の大牟田(図2参照)・荒尾周辺のノリ養殖が毎年大打撃を被っているのは、この湾内水の栄養塩が極端に少ないからだと考えられます。

図1 諫早湾での栄養塩の減少:ノリ養殖にとってI-Nは0.1mg/L以上必要とされる

図2 大牟田市唐岬漁協のノリ生産:99(H11)年から湾内栄養塩の減少と歩調を合わせて落ち込み続けている

 また諌早湾内は潮流が激減してしまったため、降雨によって有明海から栄養塩豊富な河川水が大量に入ってくると、湾内や湾口部で赤潮が発生し易くなりました。調整池から排出された懸濁物や湾内で発生した赤潮プランクトンの死骸などの有機物は、諌早湾の海底に堆積し、毎年夏場には諌早湾周辺で大規模な貧酸素水塊が発生するようになりました。タイラギの浮遊幼生はなぜかこの環境劣悪な諫早湾湾口部に集中することが最近の調査で明らかにされました(図3参照)。有明海のタイラギ幼生は7〜8月の底層に出現しますから、結局彼らは諌早湾口で頻発する貧酸素水塊にさらされ、生まれながらにして活力が乏しくなるのか、無事に大牟田沖や有明海奥部を中心に着底できた稚貝も、ちょっとした環境の変化で立ち枯れしてしまうものと考えられます。

図3 西海区水産研究所等「有明海における資源生物生産と環境に関する調査」:幼生(左図の赤丸)は湾口部などで貧酸素にさらされので、大牟田沖や有明海奥部で着底しても(右図の黒丸)立ち枯れし易い

 さらに諌干は有明海の広範囲にわたって潮流を鈍化させましたが、その結果、有明海奥部ではわずかな雨でも成層化が起きやすくなって大規模赤潮や貧酸素水塊を引き起こし、また底質を細粒化・ヘドロ化させてしまっている可能性が高いなどの調査研究結果が次々と報告されています。こうした赤潮は栄養塩を奪い、貧酸素は魚貝類に悪影響を与えます。

 諌干によるこのような有明海異変が現在の漁業不振を招いているとすれば、「潮受け堤防の締め切りは有明海全体にはほとんど影響を与えていない」とした農水省の「開門総合調査」の結果は真っ赤な嘘だったことになりはしないでしょうか。

 どちらが正しいかは、中長期開門調査をしてみれば早晩分かります。それだけでも中長期調査の成果ですが、開門は同時に有明海再生の第一歩ともなります。すなわち、まず調整池に海水が導入されれば慢性的な赤潮が解消されます。長期の常時開門は旧諌早干潟に底生生物を呼び戻し、また湾内に速い潮流を回復させますから、諫早湾内外の赤潮や貧酸素を抑えて栄養塩レベルも回復することでしょう。さらには常時開門によって諌早湾周辺の環境が改善され有明海の潮流も多少なりとも復活しますから、有明海全体の赤潮や貧酸素が軽減され、ノリ養殖だけでなくタイラギやクツゾコなど魚貝類の回復さえもが期待できるのです。

4.「閉門調査や代替策で有明海再生への道筋が明らかになる」
   というウソ

 農水省は中長期開門調査を見送る代わりの代替策としてさまざまな施策を打ち出しています。しかし潮受け堤防閉め切りによる潮流の弱まりを放置したままでの海底耕耘、覆砂、作澪は、お金のかかる割に効果がありません。これが理論と経験の教えるところです。調整池水質対策として農水省が提案している「浄化装置の設置、流域の負荷削減対策、生活排水対策」で、本当に成果が期待できるでしょうか。「野菜筏」を浮かべるなど小手先の「改善策」をどんなに積み重ねても成果が上がらないことは、児島湖の経験でも広く知られていますし、閉め切り以降7年間、学識経験者を集めた「調整池等水質委員会」で知恵を絞って必死に対策を施してきても、調整池水質は悪化の一途をたどってきたのが現実です。調整池の水質改善は、海水の導入によって以外にありえないことは、短期開門調査の結果でも明確に示されました。ましてや潜堤の新設は調整池のさらなる環境悪化を招き、潮流の回復を図らないままでの負荷の一方的な削減はさらなる栄養塩不足をもたらす懸念があります。さらには湧昇流施設の設置などは大型土木事業による新たな漁場環境破壊に他ならず、まともな提案とも思えません。開門して諫早湾や有明海の潮流を戻すことの方が、はるかに現実的な貧酸素水塊の防止対策です。

 また農水省は大規模一斉調査を行うとしていますが、従来通りに「閉門」したままの調査をどんなに積み重ねても、農水省の言うような「環境変化の仕組みの解明」につながる保証はありません。中長期開門調査でさえ「成果が明らかでない」と結論付けた農水省の行う「閉門調査」に、はたして私たちはどんな成果を期待できるというのでしょうか。

 このように亀井農相が示している中長期開門調査なき「再生への道筋」は、結果的には有明海「破滅への道筋」にしかなりえないものです。私たちはウソで塗り固められた農水省の見送り方針を断固として拒絶し、引き続き中長期開門調査の実施を求めていく以外に生きる道はありません。


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