生態学的見地からみた諫早湾干潟と干拓事業(要約)

1)事業によって失われる干潟面積について

【結論】
 政府の見解では、「国営諌早湾干拓事業により消失する干潟は有明海の干潟全体の7%(だから問題ない)」とされているが、これは過小評価である。

【理由説明】
 九州農政局による「諌早湾干拓事業計画(一部変更)に係る環境影響評価書」(以下、環境アセスメント)では、諌早湾の干潟面積を2,900haとしており、そのほぼすべてが閉めきり堤防の内側に存在する。これは有明海全体の干潟の10.7% と環境アセスメントに明記してある。さらに有明海では、諌早湾以外でも様々な開発によって干潟の消失が続いており、1991年の時点での有明海の干潟面積(24,940ha)と比べるならば、本件事業によって失われる干潟面積は、有明海の干潟全体の11.6% (日本の現存する干潟面積の6%以上)に相当する。
 日本では、元々存在した干潟の約半分が既に失われているという現状を考えれば、政府の環境保全に関する見識があまりにも貧困と言わざるをえない。

2)諌早湾の干潟の浄化能力の評価について

【結論】
 諌早湾干拓事業では大規模な干潟が消失するが、事前の環境アセスメントでは、その干潟の浄化能力が全く評価されていない。将来の取り返しのつかない悪影響を回避するために、すくなくとも工事を一時中止して、環境アセスメントをやり直すべきである。

【理由説明】
干潟がきわめて高い水質浄化能力をもつことは近年特に重視されている。その浄化能力は、主に干潟に生息する多様な生物のはたらきによってもたらされる。干潟の開発が許されるかどうかを判断するためには、失われる干潟の浄化能力がきちんと評価され、その不利益を上回るほどの利益が開発によってもたらされるのかどうか正しく比較されねばならない。とりわけ諌早湾干拓事業のように大規模な開発にあたっては、次世代への影響が大きいので、慎重な対応が必要である。
 本件事業の環境アセスメントでは、干潟の浄化能力の評価が一切行われていない。最も重要な価値の評価が行われないまま大工事が進行していること自体が異常なことである。現在、失われた干潟の浄化能力の大きさを物語るように、閉めきり堤防内の水質悪化が深刻になっている。このまま放置すると、水質悪化の影響は有明海の広い範囲に及び、長期的には、この海域のすぐれた漁場を劣化する恐れがある。

3)農水省が沿岸漁業の拠点を破壊することの矛盾

【結論】
 将来の食料危機を本気で心配するならば、農業だけでなく、日本の沿岸漁業の衰退に歯止めをかけることが重要である。現在の漁業従事者を保護するだけでなく、将来の子孫のための水産資源を保全することは農水省の使命である。有明海は、最も重要な漁場の一つである。有明海の魚介類の産卵・保育の場である諌早湾を農水省がつぶすことは自殺行為である。

【理由説明】
 諌早湾干拓事業が漁業におよぼす悪影響は、閉めきり堤防内の3,550haの漁場が消滅するだけにとどまらない。諌早湾の干潟・浅海域が、有明海全体の多くの魚介類の産卵・保育の場として重要だからある。
 環境アセスメントでも、諌早湾奥部が、有明海の中で、魚卵および稚仔魚の密度が最も高い場所であることがデータとして示されており、そこをつぶしてしまえば、有明海全体の漁業が悪影響を受けるのは明かであるにもかかわらず、そのことが言及されていない。
 将来の食料危機を本気で心配するならば、農業だけでなく、沿岸漁業の衰退に歯止めをかけることが重要である。

4)生物多様性の保全について

【結論】
 諌早湾は、(どれも地味ではあるが)絶滅のおそれのある多くの野生生物にとっての残り少ない貴重な生息場所である。「生物多様性の保全」という我が国の国際的な公約からは、諌早湾は、真っ先に保全措置がとられるべき場所である。

【理由説明】
 海産生物では、特定の狭い海域にしか分布していない「特産種」という存在はきわめて稀であるが、有明海では、日本ではここにしか生息していないという特産種が約20種知られている。それらの有明海特産種は、今日、どれもが絶滅のおそれのあるものばかりである。諌早湾は、多くの有明海特産種にとって、残り少ない貴重な生息場所である。
 また、諌早湾の干潟に飛来する渡り鳥の中にも、きわめて個体数の少ない絶滅のおそれのある種が含まれている。このままでは、多くの野生生物の絶滅の確率が高まるだろう。我が国は、1993年に生物多様性条約を批准し、生物多様性の保全を国際的な公約に掲げている。この観点に立つならば、諌早湾は、真っ先に保全措置がとられるべき場所であった。この点は、国営諌早湾干拓事業の策定当時とは状況が大きく変わっている。


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