諫干再評価結果と今後の見直しに対する意見書
諫早干潟緊急救済本部などが首相と農水大臣に意見書を提出

 諫早干潟緊急救済本部と諫早干潟緊急救済東京事務所は9月11日、「諫早湾干拓事業再評価結果と今後の事業見直しに対する意見書」(下記参照)を小泉内閣総理大臣と武部農林水産大臣宛に提出しました。

 この意見書は、諫早湾干拓事業の再評価結果と、それを受けての実施方針案や農水大臣の談話、また一部の報道で伝えられている、農水省の干拓事業縮小見直し案に対して、これまで「市民による諫早干拓・時のアセス」などで、諫早湾干拓事業を独自に検証し、中止を訴えてきた上記2つの市民団体が、現時点での見解を示し意見するものです。

諫早湾干拓事業再評価結果と今後の事業見直しに対する意見書

2001年9月11日

内閣総理大臣 小泉純一郎殿
農林水産大臣 武部 勤 殿

日本湿地ネットワーク(JAWAN)加盟
諫早干潟緊急救済本部
代表 山下八千代
諫早干潟緊急救済東京事務所
代表 陣内 隆之

 国営諫早湾干拓事業について、去る8月24日、事業再評価第三者委員会より事業見直しの答申が発表されました。また、8月28日には「本事業地域において農と緑と水辺空間の実現が達成されるよう、総合的な検討に着手した。」との農林水産大臣談話が発表されています。さらに見直しの具体案として、いわゆる東工区のみを凍結する縮小案が検討されているという報道も見られました。

 私達は、今回の事業再評価に先立ち、「市民による諫早干拓・時のアセス」報告書を発表し、第三者委員会議事の中でも積極的に取り上げていただきました。詳細な議事録の速やかな公表や、評価項目にない環境問題にも議論が及ぶなど、再評価委員会ならびに各委員には、私達の取組に対して一定の評価をしていただき、感謝しております。

 しかし現状として、上記のような縮小案で、事態の収拾が図られようとしていることに、私達は危惧の念を禁じ得ません。財団法人・世界自然保護基金日本委員会とともに市民アセスに取り組んできた主体として、また長年加盟している日本湿地ネットワークなどとともに事業見直しと干潟再生を訴え続けてきた市民団体として、今回の事業再評価並びに今後の事業見直しに対する私達からの意見を以下に述べます。

1. 見直しにあたっては、まず、本事業の総括をきちんと行うこと。

 再評価実施方針並びに大臣談話によれば、(1)防災機能の十全な発揮 (2)概成しつつある土地の早期の利用 (3)環境への一層の配慮 (4)予定された事業期間の厳守 を視点に見直すこととしています。

 しかし、第三者委員会議事録によれば、委員長を除く各委員は、概ね「現段階では営農・防災・環境・費用対効果などから事業の必要性・妥当性に疑問が残る。一端事業を中止し十分調査検討した上で再度見直す。」ことを求めていました。委員のみなさんのこの提案は、私達が市民アセスの中で主張してきたこと、すなわち「(1)その農業目的は既に喪失し、(2)防災目的に照らしても不完全事業であること、(3)社会経済的に公共性が失われていること、(4)有明海沿岸漁業に深刻な影響を及ぼしていると考えられること、(5)いわゆる費用対効果は法定の1.00に達しておらず違法であることから、直ちに中止すべき事業である。」との主張に理解を示された意見であると思います。

 このように委員の多数意見である「中止して見直す」とはどういうことかを考えるとき、どうしても事業の是非の判断が必要になってきます。
(1)潮受け堤防で閉め切ることにより、浄化能力に優れ「有明海の揺りかご」とも言われた豊かで広大な諫早干潟を潰した問題
(2)そしてそれが、有明海全体の漁業に深刻な影響を及ぼすこととなった問題 (3)造られた「国土」は利用価値に乏しく、無用の長物になりかねないという問題 (4)防災効果について、客観性に乏しい宣伝をしている問題
(5)地域住民の悲願であった防災対策を干拓事業と連動させ、本来の漁業とも共存しうる防災対策の検討を怠ってきた問題
(6)漁業関係者に対して、補償交渉に当たり、漁場への影響や防災目的について間違った説明を行ってきた問題
(7)そうした、いわば官僚本位の事業の進め方によって、地域住民の人間関係などに深刻な悪影響が生じた問題
等、本事業着手により生じた様々な問題点を総括することから、見直し案の策定が始まるのではないでしょうか。

 これを機に、内閣として、農林水産省総体として、きちんとした総括に着手するよう期待します。

2. 有明海再生と背後地防災機能の両立を事業見直しの基本とすること。

 前項の総括の上に見直しを考えるならば、先の実施方針には疑問を感じます。

 第一に「(1)防災機能の十全な発揮」は潮受け堤防の存在を評価することによる視点と思われますが、この潮受け堤防の存在こそが、水域環境への悪影響をもたらし、有明海沿岸漁業へ深刻なダメージを与えていると推測されるからです。このことの科学的な裏付けは、日本自然保護協会をはじめ各学会・研究者からの様々な報告により指摘できます。堤防により諫早湾を閉め切ったこと等で、有明海の潮流と潮汐が減少し、海水の拡散・対流が弱まることが、物質循環や生物生産などにも大きな影響を与え、さらに有明海全体の干潟減少を促進させることにつながり、環境への影響が大きいと指摘されているのです。

 有明海再生という観点から考えれば、潮受け堤防の撤去も視野に入れた対策が急がれるのです。たとえ完成した構造物であっても、その存在が有害ならばそれを除去することは必要なはずです。この場合注意すべきは、背後地の防災対策です。旧堤防の嵩上げ改修や樋門の整備、湛水対策としてのポンプやクリーク整備など、取り得る対策を早急に行うべきです。

 第二に「(2)概成しつつある土地の早期の利用」は、いわゆる西工区の早期供用を指しているものですが、仮に西工区を完成させたとしても、農業用水確保(水門の常時開放により事実上調整池の淡水化は不可能)や、事業規模縮小による受益者の負担増に伴う入植希望者の減少などから、営農計画はさらに成り立ちにくくなってくると思います。いわゆる費用対効果もさらに悪化します。

 むしろ西工区の利用価値は、干潟に戻してこそ高まります。かつての諫早干潟の中でも西工区地域が、浄化機能の上からも、重要な役割を果たしていたことは、よく知られています。有明海再生のためには、復元する干潟は広ければ広いほど早期回復につながります。また西工区は、小江工区と違い、単に干上がらせただけなので、海水が入れば干潟に戻ります。けっして「地球を逆に回す」ような話ではありません。西工区を干潟に戻すことを視野に入れた見直しをすべきです。

 第三に「(3)環境への一層の配慮」について、本当に真剣に考えるならば、言うまでもなく有明海異変への配慮という観点から、潮受け堤防の改廃を含めた事業の全面的な見直しを行うべきです。「自然環境との共生」を唱える内閣方針に照らせば、有明海再生のための施策こそが求められているはずです。

 第四に「(4)予定された事業期間の厳守」については、予定された事業そのものに多大な問題点がある以上、たいへんに疑問です。むしろ、有明海再生と干拓事業に頼らない防災対策の充実をこそ、早急に行うべきなのです。

3. 見直し作業は、市民・農民・漁民・研究者・NGOなど関係者による円卓協議を基本とすること。

 事業再評価第三者委員会議事の中で、委員長は「事業の評価について、市民・NGOなども含めて関係者によるすり合わせが必要である」旨、述べています。そして「叡智を尽くして取り組むことが緊要である」との答申を得ました。この答申にもあるように、今後の見直し作業は市民・農民・漁民・研究者・NGOなど関係者による叡智を結集することが緊要です。

 表向き事業推進を訴える地元関係者も、農地造成への期待は薄く、防災対策の充実と財政負担の軽減さえ確保できれば見直しも許容できるというところが本音のようです。そもそも国営事業なのですから、見直しの負担と責任を国が負うべきなのは当然です。先に述べたように、干拓事業に頼らない有明海漁業と共存する防災対策の実施は可能であり、それこそが本来の姿です。さらに、本事業によりやむなく漁業から建設業へと転業された人々も、本音では漁業に戻りたいのだと聞いています。そうした人々が有明海再生を夢見て、堤防改廃などの建設事業に取り組むことは理に適った方向です。

 こうして考えてくると、市民・農民・漁民など実際の関係住民の間では、それ程問題なく本格的な見直しへと舵を切ることは可能であると思われます。問題は、きちんとした総括無しに、官僚本位で政策遂行が行われることに起因します。このことが、緊急を要する本来の本格的な見直しにブレーキとなっているのです。
構造改革が叫ばれる今日、政策遂行などを官僚本位から国民本位に改めることが求められています。今こそ、内閣総理大臣や農林水産大臣は英断し、本事業の徹底した見直しを行うべきです。

 20世紀、日本はあまりに多くの干潟・湿地を失ってしまいました。未来への貴重な財産である干潟・湿地をこれ以上失ってはならず、再生が可能な干潟・湿地は、一日も早く再生する必要があるのではないでしょうか。

 諫早湾干拓事業は、地元自治体だけの問題ではありません。地元のみなさんの防災効果への期待は承知しておりますが、防災効果と両立した上で、事業を大幅に見直すことは可能だと考えます。

 ここで私たちは、21世紀の始まりにふさわしい、共生の第一歩を踏みだす必要があると思います。自然環境との共生を具体化させ、官本位の政策から国民本位の政策に舵を切るために指導力を発揮してください。国民が求める構造改革の見本を国営諫早湾干拓事業見直しを通して示してください。本事業を徹底して総括し、有明海再生と地域防災対策の両立を実現するために、内閣の指導力に期待します。

以上


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